終活・生活・再生日記 「夢幻」

生と死と再生&感謝、祈り・絆、縁日、雑感等についてお知らせしています。

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毎月26日は、薬上菩薩、愛染明王、建部大明神、気多大明神、の縁日&ブッダの言葉 

毎月26日は➀薬上菩薩、➁愛染明王、➂建部大明神➃気多大明神の縁日です。


➀薬上菩薩 やくじょうぼさつ
三十日秘仏の二十六日仏。


薬王菩薩と薬上菩薩は兄弟で、ともに諸の良薬で病に苦しむ人々を救います。
薬上菩薩(やくじょうぼさつ)とは、仏教の仏のひとつである。薬王菩薩と共に釈迦如来の脇侍として付き従う事が多く、単独での信仰は皆無である。
手に薬壷を持つとされるものの、定型は無くしばしば変容する。
良薬を人々に与え、心と身の病気をなおしたと言われます。
薬上菩薩は八大菩薩はちだいぼさつの一つ
※八大菩薩は正法を守り、衆生しゆじようを救済する八体の菩薩。経典によって異なるが「薬師経」では、文殊・観世音・勢至・無尽意・宝檀華・薬王・薬上・弥勒みろく。
興福寺中金堂 木造薬王・薬上菩薩立像(もくぞうやくおう・やくじょうぼさつりゅうぞう)が有名。

愛染明王あいぜんみょうおう
愛染明王(あいぜんみょうおう)は、仏教の信仰対象であり、密教特有の憤怒相を主とする尊格である明王の一つ。
愛染明王の相形は忿怒であるが内心は大愛至情の本性をもっていて,息災,敬愛,得福のための修法の本尊となる。
蔵王山展望台 しゃべる愛染明王 縁結びにご利益!
愛染明王平安時代初期に日本につたわる。のちに恋愛成就,美貌をねがう庶民の信仰の対象となる。奈良西大寺の木像,根津美術館の画像が有名。
密教の神。愛欲などの迷いがそのまま悟りにつながることを示し、外見は忿怒(ふんぬ)暴悪の形をとるが、内面は愛をもって衆生(しゅじょう)を解脱させる。三目六臂(ろっぴ)で、種々の武器を手にした姿に表す。
愛染王。
愛染明王十二大願
更に、愛染明王は一切衆生を諸々の苦悩から救うために十二の広大な誓願を発しているとされ、その内容は以下のようになる。
智慧の弓と方便の矢を以って、衆生に愛と尊敬の心を与えて、幸運を授ける。
➁悪しき心を加持して善因へと転換し、衆生に善果を得せしめる。
➂貪り・怒り・愚かさの三毒の煩悩を打ち砕いて、心を浄化し、浄信(菩提心)を起こさしめる。
衆生の諸々の邪まな心や、驕慢の心を離れさせて、「正見」へと向かわせる。
⑤他人との争いごとの悪縁を断じて、安穏に暮らせるようにする。
⑥諸々の病苦や、天災の苦難を取り除いて、信心する人の天寿を全うさせる。
⑦貧困や飢餓の苦悩を取り除いて、無量の福徳を与える。
⑧悪魔や鬼神・邪神による苦しみや、厄(やく)を払って、安楽に暮らせるようにする。
⑨子孫の繁栄と、家運の上昇、信心する人の一家を守って、幸福の縁をもたらす。
➉前世の悪業(カルマ)の報いを浄化するだけでなく、信心する人を死後に極楽へ往生させる。
⑪女性に善き愛を与えて良い縁を結び、結婚後は善根となる子供を授ける。
⑫女性の出産の苦しみを和らげ、その子のために信心すれば、子供には福徳と愛嬌を授ける。
◆寺院
愛染明王は守護尊(明王などの力のある尊挌を脇持や念持仏とすること)として祀られることが多いが、以下のように本尊としている例も存在する。
愛染明王を本尊とする寺院
愛染堂(勝鬘院)(大阪市天王寺区) - 聖徳太子建立の四天王寺四院の一つ、併せて大勝金剛を祀ることでも知られている。西国愛染十七霊場 第1番札所。
金剛三昧院(和歌山県高野町) - 北条政子所縁の寺。源頼朝の念持仏である愛染明王を祀る。本尊は国の重要文化財で、西国愛染十七霊場 第17番札所。
舎那院(滋賀県長浜市) - 本尊は鎌倉時代の作で国の重要文化財豊臣秀吉が奉献したとされる。
愛染院(東京都練馬区) - 本尊の愛染明王像は秘仏
光明山愛染院(東京都板橋区) - 地元の染物業者の信仰対象となっている。
愛染明王堂(静岡県下田市) - 鶴岡八幡宮寺旧蔵、伝・仏師運慶の作。
駒形山妙高寺(新潟県小千谷市) - 源頼朝の家臣田中義房の守護仏とされ、直江兼続も戦勝を祈願したと伝える愛染明王坐像(重要文化財)を本尊とする。像自体は檜の寄木造りで、鎌倉時代の作。
その他、愛染明王を祀る代表的な寺院
西大寺奈良県奈良市) - 重要文化財愛染明王像は善円の作。京都御所の近衛公政所御殿を移築した愛染堂に安置。西国愛染十七霊場 第13番札所。
久修園院(大阪府枚方市) - 伝・宗覚律師作の高さ6尺(約2メートル)の愛染明王坐像は日本最大級の像例。西国愛染十七霊場 第12番札所。
神護寺京都市右京区) - 重要文化財愛染明王像は仏師康円の作。
神童寺(京都府木津川市) - 天弓愛染像。
覚園寺鎌倉市二階堂) - 愛染堂の愛染明王坐像は鎌倉時代後期の作。
長雲寺(長野県千曲市稲荷山) - 重要文化財愛染明王像は、寛文13年(1673年)京都の仏師久七作。
放光寺(山梨県甲州市) - 重要文化財愛染明王坐像は平安時代の作。天弓愛染明王では日本最古の像と言われる。
赤岩寺愛染堂(豊橋市多米町) - 重要文化財の木造愛染明王坐像は、鎌倉時代末期の作とされる。
◆美術館等
細見美術財団 - 絹本著色「愛染明王像」(図像として日本最古のもの:12世紀)、平安時代
五島美術館 - 木造「愛染明王像」(伝、鶴岡八幡宮寺旧蔵:1265年以前の作)、鎌倉時代
奈良国立博物館 - 木造「愛染明王像」(重要文化財:1276年、仏師快成作)、鎌倉時代
東京国立博物館 - 木造厨子入「愛染明王坐像」(13世紀-14世紀)&厨子絵、鎌倉時代
根津美術館 - 絹本著色「愛染曼荼羅図」。絹本著色「愛染明王像」(図像:13世紀-14世紀)、後醍醐天皇の宸筆あり。
MOA美術館 - 絹本著色「愛染明王像」(図像、京都の愛染院に伝来:1327年頃の作)。
ボストン美術館 - 絹本著色「如来荒神曼荼羅図」。

 

➂建部大明神 建部大社 
滋賀県大津市神領一丁目16-1
建部大社(たけべたいしゃ)は、滋賀県大津市にある神社。式内社名神大社)、近江国一宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。旧称は「建部神社」。
開運出世・必勝・厄除・災難除の神として崇敬されています。
主祭神
本殿:日本武尊 (やまとたけるのみこと)
本殿相殿神:天照皇大神 (あまてらすすめおおかみ)
相殿神は、天照皇大神でなく天明玉命(あめのあかるたまのみこと)とする場合も見られる。
権殿:大己貴命 (おおなむちのみこと)
大神神社大和国一宮)からの勧請。
御利益
本殿 日本武尊(やまとたけるのみこと)
御神徳 開運・出世・必勝・厄除・災難除
権殿 大己貴命(おおなむちのみこと)
御神徳 縁結び・商売繁盛・家内安全・病気平癒・醸造
源頼朝は源氏再興の宿願成って、建久元年(1190年)右大将として上洛の際、再び社前で祈願成就の神慮に対し、幾多の神宝と神領を寄進して奉賽の誠を尽くされたのです。
出世開運、除災厄除、商売繁盛、縁結び、医薬醸造の神として広く崇敬される。

➃気多(けた)大明神(阿弥陀如来) 石川気多大社
気多大社(けたたいしゃ、正式名:氣多大社)は、石川県羽咋市寺家町にある神社。式内社名神大社)、能登国一宮。旧社格国幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。旧称は「気多大神宮」。


概要
能登半島の付け根、羽咋市北方に日本海に面して鎮座する。祭神の大己貴命は出雲から舟で能登に入り、国土を開拓したのち守護神としてこの地に鎮まったとされる。古くから北陸の大社として知られ、中世・近世には歴代の領主からも手厚い保護を受けた。
現在は本殿など5棟の社殿が国の重要文化財に指定されているほか、国の天然記念物の社叢「入らずの森」で知られる。
◆祭神
祭神は次の1柱。
大己貴命(おおなむちのみこと)
御祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、またの名を大国主神(おおくにぬしのかみ)で大国主神と言えば、出雲大社でもお馴染みの縁結びの神様。数多の困難を乗り越えて須勢理毘売命(すせりびめのみこと)と結ばれたエピソードが有名ですね。
龍の頭の形に似ていることから縁起がいいとされる能登半島。そのちょうど首の付け根の辺り、金沢から車で約1時間の距離にあるのが能登国一宮として名高い気多大社
その名の通り、「氣」が多く集まる石川県屈指のパワースポットで、特に縁結び、復縁、恋愛成就、安産にご利益があり、ご縁を求めて県内外から女性を中心に参拝客が引きも切りません。
気多大社では、毎月1日に「ついたち結び」(心むすび祭)という無料の縁結び祈願が受けられます。ついたち結びに参加できない方もメールを送れば、縁結びの祈願をしてもらえます。
当日午前8時30分までに受付をした先着100人までなら誰でも無料で参加することができるので(しかもお持ち帰り用の御札付き!御札は自宅の好きな場所に置いておきます)、例え朝が苦手でも早起きして行く価値があるイベントです。
帰る前には大切な御守りを買うのを忘れずに!前出のハート形の縁結び絵馬(300円)のほか、心むすび絵馬(500円)、心むすび守(500円)、良縁的中守(500円)など色々揃っていますが、おすすめなのが参拝した人しか購入できない福縁的中守ときれい結び守(各2,000円)。
他の御守りより高いのは祈願料が入っているから。御守りには祈願シールが付いていて、シールを受けた人の名前は気多大社本殿にあげられ、1年間神職の方が毎日お祓いしてくれるのです。
素直さ、純粋さ、若々しさなどを取り戻せる。
境内には明るく軽やかなパワーが満ちている。
年上の男性との縁結びに有効。
外敵の侵入を防ぎ内を固める。
すべての凶を吉に変える。
悪因縁を解消してくれる。
霊の能力、内面の力を引き出してくれる。
「むすび神苑」という石がある。縁結びの祈願後、小石を積むと願いが叶うという。
国造りの神、農業神、商業神、医療神などとして信仰されています
境内には「入らずの森」と呼ばれる、誰も入ってはいけないとされる広大な社叢があります。誰も入っていないので昔のままの原生林の姿が残る、日本でも数少ない場所です。
●鵜祭(うまつり)は、12月8日 - 16日に行われる古式な祭。
赴参氣太神宮行海邊之時作歌一首
 志雄路から 直越え来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 船楫もがも
 しをぢから ただこえくれば はくひのうみ あさなぎしたり ふなかぢもがも
大伴家持、『万葉集』巻17 4025番

 


☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

◆怒らない

 『仲間入りをしてはいけない』最低の(いやしい)人間 パート1

 

すぐに閣下と怒る人。

 

何時までも恨みを忘れない人。

 

自分の欠点を隠そうとする人。

 

自分を実際より良く見せようと親切を押し付ける偽善者。

 

こういった人々は最低の(いやしい)人間だと知っておき、

 

その仲間入りをしないように。

 

経集116


以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月25日は、文殊菩薩、天神、赤山大明神、気比大明神、法然上人の縁日&ブッダの言葉 

毎月25日は、➀文殊菩薩②天神➂赤山大明神➃気比大明神⑤法然上人の縁日です。

文殊菩薩 もんじゅぼさつ

■ 文殊師利菩薩 もんじゅしりぼさつ
十三仏の三七日導師。三十日秘仏の二十五日仏。
右手に剣、左手に経巻を持っているのが特徴です。ここでは蓮台までですが、獅子の上に坐っている姿が多いようです。
お釈迦様 、普賢菩薩と一緒に釈迦三尊のかたちを組みますが、単独で祀られることもよくあります。
「三人集れば文殊智慧」ということわざがあるように、智慧の仏様です。

 

②天神の縁日 
菅原道真」公の命日に因んだ、天満宮の縁日です。
道真公が生まれたのが6月25日、太宰府に左遷されたのが1月25日、命日が2月25日であった事から、この日に「天神講(天神祭)」と称して祀り、江戸時代には「寺子屋」や「子供組」等でも行われました。


一年の最初の1月25日を「初天神」と言い、最後の12月25日を「終い天神」と言います。


※特に「北野天満宮」の「終い天神」は、京都の一年の行事を締めくくる恒例神事として、毎年京阪神はもとより全国からの多数の参拝者が訪れます。
終日境内周辺に所狭しと露店が立ち並び、参拝者の人波が絶えません。
正月の「祝箸」や「お屠蘇」等が授与され、正月用の葉牡丹、荒巻鮭の露店や植木市も立ち、人出もふだんの倍となります。 
天神は文字どおり天の神、「天神(あまつかみ)」の事で「天変地異」を支配する神とされ、「雷電鳴動」はその神威であると考えられていました。
北野天満宮」、「太宰府天満宮」、「大阪天満宮」、「防府天満宮」、「谷保天満宮」等が有名です。


※右大臣であった「菅原道真」の才能を妬む左大臣藤原時平」が、「醍醐天皇」に道真は逆臣であると何度も讒言(ざんげん)し、天皇もそう思い込む様になった結果、道真公は旧暦901(延喜元)年、大宰権帥に左遷され、九州大宰府で没しました。
その後間もなく京都で雷電、天変地異がしきりに起こり、当事人々は非業の死を遂げた人の怨霊は天に響いて雷電を起こすと信じていました。


930(延長8)年、平安京の清涼殿に落ちた落雷で、大納言「藤原清貴」が死亡した為、この落雷・天変地異は、政治的な策略で左遷され亡くなった道真公の崇りであると噂になり、「醍醐天皇」は恐怖のあまり寝込んだとされます。
その噂から道真公の名誉は回復し、それ以来、天神が菅原道真の代名詞となり、やがて道真公を「火雷天神」とする信仰が起こりました。
また、道真公が生前すぐれた学者であった事から、天神はいつしか「文道の大祖」としても祀られる様になりました。

 

赤山大明神 赤山禅院
赤山禅院(せきざんぜんいん)は、京都市左京区修学院にある天台宗の寺院。延暦寺の別院(塔頭)の一つ。本尊は泰山府君赤山大明神)。京都御所から見て表鬼門の方角(東北)に当たるため、方除けの神として、古来信仰を集めた。拝殿の屋根の上には、御所の東北角・猿ヶ辻の猿と対応して、御幣と鈴を持った猿が安置されている。


比叡山延暦寺千日回峰行においては、そのうち100日の間、比叡山から雲母坂を登降する「赤山苦行」と称する荒行がある。これは、赤山大明神に対して花を供するために、毎日、比叡山中の行者道に倍する山道を高下するものである。
現在では、境内の福禄寿殿が、「都七福神」の一つとされている。また、紅葉の名所でもある。


内容概要
比叡山の西麓にある延暦寺塔頭。慈覚大師円仁の遺命により888年(仁和4)天台座主安慧が創建。
本尊は陰陽道の祖・泰山府君(赤山明神)、かけ寄せの神として、また、京都の表鬼門にあり、王城鎮守、方除けの神として信仰が厚い。拝殿屋根に瓦彫の神猿が京都御所を見守っている。
毎月4回、比叡山大阿闍梨の加持がある。都七福神の一つ福禄寿神。紅葉の名所。
建立:888年(仁和4)
年中行事
正月五日 新春八千枚大護摩
五月五日 泰山府君祭 端午護摩
仲秋名月 ぜんそく封じへちま加持
十一月二十三日 数珠供養
 仁和4年(888)天台座主安慧(ざすあんね)が、師の慈覚大師円仁(えんにん)の遺命によって創建した天台宗の寺院である。
本尊の赤山明神は、慈覚大師が中国の赤山(せきざん)にある泰山府君(たいざんふくん)(陰明道祖神(おんみょうどうそじん))を勧請したもので、天台の守護神である。後水尾上皇修学院離宮御幸の時には、上皇より社殿の修築及び、赤山大明神の勅額を賜った。
 御神体は、毘沙門天に似た武将を象る神像で、延命富貴の神とされている。
 この地は、京都の東北表鬼門(おもてきもん)にあたることから、当院は、方除けの神として人々の崇敬を集めている。また、赤山明神の祭日にあたる5日に当院に参詣して懸(かけ)取りに回ると、よく集金ができるといわれ、商人たちの信仰も厚く、俗に五日払い(いつかばらい)といわれる商慣習ができたと伝えられている。  
閑静なこの地には、松、楓が多く、秋には紅葉の名所として多くの人々で賑う。左京区修学院開根坊町
赤山禅院は地元の人から方位除け、厄除けの禅院として信仰されています。そして喘息や気管支炎が良くなる禅院としても知られています。気管支が弱い、喘息持ちだという人は赤山禅院で参拝してみると良いかもしれません。
他にも心願成就・縁結び・無病息災・商売繁栄という多方面からたくさんのご利益を授かることができます。
山禅院でたっぷりとパワーを授かれる方法を紹介します。
数珠の門で願い事を叶える
赤山禅院には2カ所大きな数珠の門があります。ただ不思議な門だなと思って通り過ぎてしまう人が多いこの門は願いごとが叶うパワースポットです。
最初にくぐるのが正念誦(しょうねんじゅ)と呼ばれる数珠の門です。くぐるときに心にパッと浮かんだ願いごとをとなえます。願いごとを考えながら境内をまわりましょう。
最後にもう一つの数珠の門、還念珠(じゅねんじゅ)を通るときに願い事を叶えるための努力することを誓ってください。すると願いを叶えるために仏様が力を貸してくれます。
恋人との絆を深めよう
恋人ともっと良い関係になりたいと思っている人は、恋人を誘って赤山禅院にある相生社(あいおいのやしろ)に行きましょう。まずはおしどり絵馬という絵馬の裏に二人の名前を書きましょう。
そして相生社に奉納をしに行きます。相生社の前には夫婦鳥居と呼ばれる縦に二つ並んだ鳥居があります。手を繋いで夫婦鳥居をくぐると二人は結ばれると言われています。
二人の縁をもっと強く結ぶために恋人との素敵な未来を想像して、仲良く手を繋ぎ、夫婦鳥居をくぐってみてくださいね。
夢見の宝船をGETしよう
京都のパワースポットの赤山禅院に訪れた際には、七福神が描かれた夢見の宝船を手に入れましょう。
夢見の宝船の絵を枕の下に敷いて「おん。だきしゃたら。にりそだにえい。そわか。」というご真言を7回唱えて眠ると、吉夢を見ることができ七福神の福徳を授かることができそうです。

➃気比(けひ)大明神(大日如来)福井気比神宮
氣比神宮(けひじんぐう、気比神宮)は、福井県敦賀市曙町にある神社。式内社名神大社)、越前国一宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。地元では親しみをこめて「けいさん」と呼ばれています。
仲哀天皇ほか六座を祀り、「越前一の宮」「北陸道の総鎮守」とも称される古社です。佐渡ヶ島から漂着したムロで建立したと伝わる大鳥居は、木造としては、「広島・厳島神社」「奈良・春日大社」と並ぶ「日本三大木造大鳥居」のひとつで、国の重要文化財に指定されています。
祭神
祭神は次の7柱。本殿(本宮)に主祭神と2柱、本宮周囲の四社の宮(ししゃのみや)にそれぞれ1柱を祀る。
・本殿(本宮)
伊奢沙別命(いざさわけのみこと) - 主祭神。「気比大神」または「御食津大神」とも称される。
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう) - 第14代天皇
神功皇后(じんぐうこうごう) - 仲哀天皇の皇后。
・四社の宮
東殿宮:日本武尊(やまとたけるのみこと)
総社宮:応神天皇(おうじんてんのう) - 第15代天皇
平殿宮:玉姫命(たまひめのみこと、玉妃命) - 『気比宮社記』では神功皇后の妹の虚空津比売命とする。
西殿宮:武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)
御利益 家内安全、商売繁盛、航海安全、合格祈願、海上交通安全、農漁業の守護、無病息災、
延命長寿。開運。五穀豊穣。芸能上達。対人運アップ。

 

法然上人の命日
法然(ほうねん、長承2年(1133年) - 建暦2年(1212年))は、平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧である。はじめ山門(比叡山)で天台宗の教学を学び、承安5年(1175年)、専ら阿弥陀仏の誓いを信じ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説き、のちに浄土宗の開祖と仰がれた。

長承2年(1133年)4月7日、美作国久米(現在の岡山県久米郡久米南町)の押領使漆間時国と、母・秦氏君(はたうじのきみ)清刀自との子として生まれる。生誕地は、誕生寺(出家した熊谷直実が建立したとされる)になっている。
 建暦2年(1212)正月25日の正午、頭北面西のまま「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」の経文を称え、眠るがごとくに極楽浄土へ往生された。80歳のご生涯であった。
法然房号で、諱は源空(げんくう)。幼名を勢至丸。通称は黒谷上人・吉水上人とも。
謚号は、慧光菩薩・華頂尊者・通明国師・天下上人無極道心者・光照大士である。
大師号は、500年遠忌の行なわれた正徳元年(1711年)以降、50年ごとに天皇より加謚され、平成23年(2011年)現在、円光大師・東漸大師・慧成大師・弘覚大師・慈教大師・明照大師・和順大師・法爾大師である。
選択本願念仏集』(『選択集』)を著すなど、念仏を体系化したことにより、日本における称名念仏の元祖と称される。
浄土宗では、善導を高祖とし、法然を元祖と崇めている。
浄土真宗では、法然七高僧の第七祖とし、法然上人・源空上人と称し、元祖と位置付ける。親鸞は、『正信念仏偈』や『高僧和讃』などにおいて、法然を「本師源空」や「源空聖人」と称し、師事できたことを生涯の喜びとした。

◆三心の信心
法然称名念仏の考えにおいて、よくみられるのが「三心」である。これは『仏説観無量寿経』に説かれていて、『選択集』・『黒谷上人語灯録』にもみられる語である。「三心」とは「至誠心」(誠実な心)・「深心」(深く信ずる心)・「廻向発願心」(願往生心)のことである。
1.至誠心
疑うことなくこころから阿弥陀仏を想い浄土往生を願うこと。
2.深心
疑いなく深く信じること。次の二つがあげられる。一つは、自身が罪悪不善の身でいつまでも輪廻を繰り返す、救われ難い身であること、二つには、そのような罪深き身である自分を阿弥陀如来は「南無阿弥陀仏」と深く信じてとなえれば必ず救ってくれることである。この二つを「二種深心」といって信心の要とした。
3.廻向発願心
一切の善行の功徳を浄土往生にふりむけ、極楽浄土に生まれたいと願う心。
「月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」
法然上人
意味:阿弥陀様のすべての人を漏らさず救うというお誓い(本願)は、月の光のように誰にもどんな里にも平等にふり注いでいます。しかし眺めた人にしか月の光の存在が分からないように、南無阿弥陀仏と念仏を称えた人だけが阿弥陀様の本願によって極楽浄土に生まれること(往生)ができるのです。

 

☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『プライドをすんなり手放す』

怒り、をポイと捨てること。

・「俺様は偉い」

・「私は称賛されるに値する」

・「私のセンスは抜群だ」

・「僕は大事に扱われて当然だ」

 

これらの生意気さを君が隠し持つからこそ、そうでない現実に直面するたび、

怒りが君を支配する。

 

これらの生意気さに気付いて、それをすんなり手放せるように。

 

すべての精神的しがらみを乗り越えて、心にも身体にもこだわらず、何もしがみつくことがないなら、

 

もはや君は怒ることも苦しむこともなくなるだろう。


法句経221

 

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月24日は、地蔵の縁日、愛宕の縁日、祇園大明神、広田大明神、の縁日&ブッダの言葉 


毎月24日は、➀地蔵の縁日➁愛宕の縁日➂祇園大明神④広田大明神の縁日です。



➀地蔵の縁日 
地蔵菩薩」は、釈迦仏の委託を受けて、その入滅から56億7千万年後に、「弥勒菩薩」として出世するまでの間(無仏の期間)、釈迦に代わって「六道(地獄道・餓鬼道・畜生道修羅道・人道・天道)」の一切衆生の苦を除き、福徳を与えると言われます。
特に地獄の衆生を「化導(済度する)し、代わりに苦しみを受ける菩薩とされ、俗説では、地蔵は子供の成長を守り、その死後「賽の河原」で苦難を救うと伝えられ、子供の守護仏として信仰されています。
※◎1月24日を『初地蔵』と呼び、また◎7月24日に「地蔵盆」が行われます。
特に京都の地蔵盆が盛んで、現在では8月22日~24日まで行われます。
地蔵の縁日もまた地蔵菩薩の功徳を講讃する法会である「地蔵講」に由来すると言われます。
全国各地に、この石像を路傍にたて、香花を供えて祀る風習が残っていますが、地蔵尊の代表ともいうべき東京豊島区巣鴨の「とげぬき地蔵尊の大祭」は、◎1月24日の『初地蔵』に行われ、特にお年寄りの信仰をあつめています。
地蔵に参詣すると地蔵の十福といって、「女人泰産・身根具足・衆病疾除・寿命長遠・聡明知慧・財宝盈益・衆人愛敬・穀物成熟・神明加護・証大菩提」の10の福徳が得られると言われます。
●『納めの地蔵』 : 
一年で最後の「地蔵の縁日」を「納めの地蔵」といいます。 
地蔵菩薩 じぞうぼさつ
十三仏の35日(五七日)導師。三十日秘仏の二十四日仏。
右手に錫杖、左手に宝珠が一般的な姿です。通常「菩薩」と名の付く仏様は、冠やブレスレット、ネックレスなど派手な装飾品をつけていますが、お地蔵さまはサッパリしています。また他の仏さまは成人の姿ですが、お地蔵さまは子供のような可愛らしい姿が基本です。
地蔵の地は大地を意味します。インドでは農耕の女神からスタートしています。中国に伝わってから、農耕の地と地獄の地が、道教の十王思想の影響で結びつきます。そこでお地蔵様は地獄から救って下さる仏様となります。
お地蔵様は、お釈迦様が亡くなってから弥勒菩薩が登場するまでの間、私達を救うのが主な役目です。上は極楽から下は地獄まで、六つの世界で活躍する六地蔵の名前が有名です。
大地は私たちの衣食住から金銀財宝に至るまで、いろいろなものを与えてくれます。お地蔵様も同様に、私たちに色々な恵みを与え、その生活を護持するところから、この名前がつきました。安産・健康・長寿 ・智恵・豊作・求財などにご利益があります。

 

愛宕の縁日 
愛宕権現」は、全国の愛宕社の根本社で、雷神を祀り、防火の守護神として特に有名です。
総本社は、京都市愛宕山の「愛宕大権現」で、ここに参拝する事を、「愛宕参り」と言います。
金比羅と同様に、一般に高い山の上に祀られています。
旧暦6月24日は「愛宕の千日詣」で、この日に参詣すれば、平日の千度に当るとされます。
愛宕神社の祭神は「埴山姫命」、「伊邪那岐命」等で、愛宕参りでは「火廼要慎」と書かれた護符を頂きます。
京都の人は「愛宕さん」ともいい、「伊勢へ七たび熊野へ三度、愛宕さんへは月参り」と謡われて強い信仰をあつめました。
●『終い愛宕』: 
一年で最後の愛宕の縁日を「終い愛宕」といいます。

 

祇園大明神 八坂神社
八坂神社(やさかじんじゃ)は、京都府京都市東山区祇園町北側にある神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社である。通称として祇園さんとも呼ばれる。7月の祇園祭祇園会)で知られる。
主祭神
中御座:素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
東御座:櫛稲田姫命 (くし(い)なだひめのみこと) - 素戔嗚尊の妻
西御座:八柱御子神 (やはしらのみこがみ) - 素戔嗚尊の8人の子供(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神須勢理毘売命)の総称
配神
(東御座に同座) 神大市比売命、佐美良比売命 - いずれも素戔嗚尊の妻
(西御座に御座) 稲田宮主須賀之八耳神
◆御利益
厄除け・縁結びの神、祇園さんの呼び名で親しまれでいる。日本三大祭のひとつ祇園祭は京都の代表的行事である。師走の風物詩「をけら詣り」も有名。全国の祇園社の総本社。
恋占いの石 本殿の前に約10メートルの間隔で二つ置いてある恋占いの石は、一方の石からもう一方の石へ目を閉じたままで辿り着ければ恋が叶うという言い伝えがあります。一度で辿れ着けなければ恋の成就も遅れるそうです。誰かの手に助けられて目的の石に向かえば、恋も誰かのアドバイスなどの助けが必要になるようです。
美容水
境内には、手や顔を洗うと肌も心も美しくなるといわれる、ご神水「美容水」が湧き出ています。
(※飲料水ではありません)
まずは、手を清めて本殿にお参りしましょう。
それだけでもご利益があるのですが、お参りの後に2~3摘お顔へもいただきましょう。
人の美を現すものには、目に見える容姿をはじめ、言葉や立ち居振る舞いなど、様々なものがありますね。
これら美徳の根元は、清く美しい心、美は女性の永遠のテーマ。
八坂神社の美御前社には美人の誉れ高き宗像三女神がお祀りされています。その三女神は多岐理毘売命(たぎりびめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)の三女神です。
その宗像三女神のうちでも、際立つ美人の神が市杵島比売命様です。市杵島比売命様は、七福神の一神である弁天様や美貌の女神である吉祥天とも習合していたそうです。
円山公園のしだれ桜
円山公園には枝垂桜、染井吉野、山桜など約700本の桜があり、毎年多くの花見客で賑わいます。
その公園の中央にあるのが「祇園の夜桜」として有名な祇園枝垂桜です。
正式名称は「一重白彼岸枝垂桜」

 

④広田大明神(勢至菩薩)兵庫広田神社
廣田神社ひろたじんじゃ)は、兵庫県西宮市にある神社。式内社名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
主祭神
天照大神荒魂 (撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかいつひめのみこと))
 伊勢神宮内宮の第一別宮荒祭宮祭神と御同体
脇殿神
住吉大神
八幡大神
武御名方大神
高皇産霊神
日本の国石と言われる水晶(クリスタル)、この廣田神社には歴史ある水晶のお宝が保管されております。
この水晶の玉の中にある傷が剣の形にも見えることから剣珠(けんじゅ)と称された如意宝珠を安置する剣珠宮殿は以前、鍵がどこかにいってしまい開けられなかった箱が開き、平成13年(2001年)の廣田神社の御鎮座1800年式年祭の時に修理を行いこれに剣珠を安置し、一般公開され、以降毎年公開されているようです。
境内にはコバノミツバツツジの群落があり、総数2万株に及ぶ。このツツジ群落は兵庫県指定天然記念物である。
廣田神社が勝運(昇運)の神といわれるのには「日本書記」に記されています。それによると、熊襲との戦いで夫君仲哀天皇を失い、運勢的に最低調にあった神功皇后は廣田大御神の守護を得てからは連戦連勝で運勢も急上昇だったらしく、源頼朝平氏討伐祈願、蒙古襲来の度にも御神威を発揮されたことから国難の守り、国家鎮護の大神として武運長久・勝運・合格の大神としても崇拝されています。
阪神タイガースが全選手・監督・コーチをそろえて毎年キャンプイン前の1月に廣田神社(武運長久⇒優勝を祈願)に参拝する行事は、球団創立時からの伝統である。
神功皇后新羅征伐からの帰還伝説に依拠すると思われる廣田神社西宮神社の夏祭御神幸が戦国時代まで行われていた。
やはり、神功皇后に従って先祖が出兵したとの伝説を持つ北風家等がある和田岬(輪田岬)まで、往路は数百艘の船で、復路は陸路で馬に乗った一群の辰馬・八馬・葛馬・乙馬(おつま/おとま)・音馬・小上馬・六馬・七馬・十馬・中馬・大黒馬・一馬・大徳馬・小唐馬・善茂馬などの家の者が付き従った。
主祭神天照大神荒魂とは、瀬織津姫のことであったとする説がある。戦前の由緒書きには、瀬織津姫主祭神とすることが明確に記されていた。
 廣田神社の祭儀行事の中でも特に兵庫県内で唯一500年以上の歴史を誇る御田植神事「めぐみ廣田の大田植え」が有名です。

 

 

☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『相手の過ちではなく、自分の内側を見よ』

他人の悪(あやまち)に気付いても、君がイライラする必要はない。

他人がやらかしてしまったこと、他人がすっぽかしてしまったこと、

そんなものをじろじろ見なくていい。

その代わりに、視線をくるっと君の内側へと反転させて、

じっくり見つめてみるといい。

「自分は何をやらかして、何をすっぽかしてきたのかな」と。

 

法句経50

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月23日は、大勢至菩薩、不空羂索観音、住吉大明神、諏訪大明神、八幡神 の縁日&ブッダの言葉 

毎月23日は、➀大勢至菩薩、➁不空羂索観音、➂住吉大明神、➃諏訪大明神、➄八幡神 、の縁日です。

 

➀大勢至菩薩 だいせいしぼさつ 偉大な智慧の光を持つ菩薩
勢至菩薩(せいしぼさつ)は、仏教における菩薩の一尊。「大勢至菩薩」、「大精進菩薩」、「得大勢菩薩」の別名がある。現在日本では午年の守り本尊、十三仏の一周忌本尊として知られている。三昧耶形は未敷蓮華(ハスの蕾)。
三十日秘仏の二十三日仏。
勢至菩薩は観世音様と同じく阿弥陀様の脇侍で、人々の無知を救う仏の智慧を象徴した菩薩です。
阿弥陀三尊の一つ。大勢至,大精進,得大勢ともいわれる。阿弥陀仏の右の脇侍 (わきじ) 菩薩で,智慧の光により衆生に菩薩心の種子を与えるとされる。
智慧の光をもってあまねくいっさいを照らし、無上の力を得させるという菩薩。阿弥陀三尊の一で、阿弥陀仏の右の脇侍。宝冠の中に宝瓶(ほうびょう)をのせ、手に蓮華(れんげ)を持つ姿に表す。
概要
阿弥陀三尊の右脇侍。 『観無量寿経』の中には「知恵を持って遍く一切を照らし、三途を離れしめて、無上の力を得せしむ故、大勢至と名ずく」とあり、火途・血途・刀途の三途、迷いと戦いの世界の苦しみから知恵を持って救い、その亡者を仏道に引き入れ、正しい行いをさせる菩薩とされる。
薬師如来本願功徳経では、八大菩薩の一尊である。
四国八十八箇所霊場十三仏では第53番札所の須賀山圓明寺で朱印がもらえる。京都十三仏霊場では第9番札所の大内山仁和寺
浄土宗における法然信仰
法然勢至菩薩の化身とする説が中世からあった。法然は幼名を勢至丸といい、「智慧第一の法然坊」といわれ、生前から智慧の化身として考えられていた。法然没後、弟子の親鸞は「大勢至菩薩和讃」を詠み、末尾に「大勢至菩薩源空上人(法然)の御本地である」と述べている。
また親鸞の妻恵信尼霊夢を見、「光ばかりの御仏」を見たところ、「あれは勢至菩薩法然のことだ」という声が聞こえたという話が「恵信尼消息」に出ている。京都知恩院には勢至堂が建てられ、本尊として勢至菩薩像が安置されている。これは法然の本地であるという。この像は来迎阿弥陀三尊の脇侍としての勢至菩薩と同様、合掌形に表されている。
勢至菩薩(せいしぼさつ)とは?
 正しくは大勢至菩薩といいます。智慧の光ですべてのものを照らし、人々を迷いや苦しみから救うとされています。大勢至菩薩と表記されることもあります。智慧とは物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味ですよ。
 阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩と共に三尊で並ぶことがほとんであり、独尊で祀られることはほとんどありません。
 浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持ち、勢至菩薩が合掌をする姿でつくられます。その姿勢は、立像・坐像のほかにひざまずいた姿の跪像もみられます。
◆ご利益
 智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。
勢至菩薩(せいしぼさつ)の像容
 手を合わせているか水が入っている水瓶(すいびょう)を持っている姿が一般的です。
有名寺院と像
京都府清水寺
京都・三千院阿弥陀三尊像
奈良県法隆寺
奈良・法華寺蔵「阿弥陀三尊及童子像」のうち、観音・勢至菩薩

不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん/ふくうけんじゃくかんのん) は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。六観音あるいは七観音の一尊に数えられる。手に持っている縄で人々を漏らすことなく救済する観音菩薩
●不空羂索の意味
不空と書いて空(むな)しからずと読みます。人々が悟りに至ろうと願えば必ず叶うため、決して空しくないことを表します。
●羂索(けんさく)とは戦いや狩猟に用いる縄で先端に輪がついています。この道具は相手を殺さず生け捕りにするために使うことから、人々をもれなく優しく救うという意味があります。
不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)とは?
 鹿の皮の袈裟を着ている為、鹿皮観音(ろくひかんのん)と呼ばれる場合もあります。「不空」とは信じれば必ず願いが叶い空しい思いをさせない、という意味で、「羂索」とは古代インドで密猟や戦闘に使われた捕縛用の縄のことです。
そのため名前にはあらゆる人々の悩みを逃がすことなく救済し、願いを叶えるという意味があります。十一面観音の2倍のご利益である二十種の功徳(現世利益)と八種の利益(死後成仏)が得られ、奈良時代に信仰が盛んであったとされます。
 天台宗系では六観音の1つに数えられ、人道を救済するとされています。また准胝観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。
◆ご利益
健康長寿、病気治癒、財福授与、美しくなる、罪障消滅、極楽浄土に行けるなどのご利益があるとされています。
不空羂索観音菩薩には20のご利益があるとされています。ただし、これらの利益を得るための正式な拝み方があります。
毎月8日に行動や飲食を慎んで心身を正常にした上で、不空羂索観音菩薩の真言を唱え続け無ければなりません。
・病気をしなくなる
・病気にかかってもすぐ治る
・体がつややかになり、肌がきめが細かく柔らかくなる
・多くの人から敬愛され身を守られる
・財宝を得る
・財宝を盗まれない
・水や火の災難に遭わない
・国王により身を害されることがない
・事業で失敗しない
・植えた農作物に天候や害虫の被害が無い
真言を唱えればすべての災難が消える
・悪鬼などに精気を奪われない
・恨みに畏れなくなる
・恨みが解消する
・他人や鬼神に畏れなくなり、呪いや邪気による害も無い
・すべての煩悩が消える
・火・刀・薬の災難では死なない
・諸天善神の加護を受ける
・どこに輪廻転生しても慈悲喜捨を忘れない
三昧耶形は羂索(狩猟用の投げ縄、または両端に金具を付けた捕縛縄)、開蓮華(満開のハスの花。聖観音の初割蓮華と対をなす)。
日本では「不空羂索観音菩薩」や、「不空羂索観世音菩薩」などさまざまな呼称がある。尊名の「不空」とは「むなしからず」、「羂索」は鳥獣等を捕らえる縄のこと。従って、不空羂索観音とは「心念不空の索をもってあらゆる衆生をもれなく救済する観音」を意味する。
概説
天台宗系では、真言宗系の准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。また准胝観音不空羂索観音を共に数えて七観音とする場合もある。
多面多臂の変化(へんげ)観音のなかでは、十一面観音に次いで歴史が古い。漢訳経典のなかでは隋時代の6世紀後半に訳された「不空羂索呪経」に初めて現われ、唐の菩提流志(ぼだいるし)が8世紀はじめに訳した「不空羂索神変真言経」にも像容等が詳しく説かれている。
代表作としては、東大寺法華堂(三月堂)本尊の立像(奈良時代、国宝)が著名である。この像の存在自体が、奈良時代不空羂索観音信仰があったことを如実に物語っている。
京都・広隆寺
奈良・興福寺南円堂
香川・法蓮寺像


➂住吉大明神 住吉大社
住吉大社(すみよしたいしゃ)は、大阪府大阪市住吉区住吉にある神社。式内社名神大社)、摂津国一宮、二十二社(中七社)の1つ。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国にある住吉神社の総本社である。本殿4棟は国宝に指定されている。
概要
大阪市南部、上町台地基部西端において大阪湾の方角に西面して鎮座する。海の神である筒男三神と神功皇后を祭神とし、古くはヤマト王権の時代から外交上の要港の住吉津・難波津と関係して、航海の神・港の神として祀られた神社である。
古代には遣唐使船にも祀られる国家的な航海守護の神や禊祓の神として、平安時代からは和歌の神として朝廷・貴族からの信仰を集めたほか、江戸時代には広く庶民からも崇敬された。摂津国の一宮として大阪で代表的な神社であるのみならず、旧官幣大社として全国でも代表的な神社の1つである。
社殿は、本殿4棟が「住吉造」と称される古代日本の建築様式で国宝に指定されているほか、幣殿・石舞台・高蔵など多くの建物が国の重要文化財に指定されている。神宝としては、数少ない古代文書の1つである『住吉大社神代記』は国の重要文化財に指定され、木造舞楽面など多数が重要文化財大阪府指定文化財に指定されている。また伝統的な神事を多く残すことでも知られ、特に御田植神事は全国でも代表的なものとして国の重要無形民俗文化財に指定、夏越大祓神事は大阪府選択無形民俗文化財に選択されている。
祭神
現在の祭神は次の4柱で、4本宮に1柱ずつを祀る。
第一本宮:底筒男命(そこつつのおのみこと)
第二本宮:中筒男命(なかつつのおのみこと)
第三本宮:表筒男命(うわつつのおのみこと)
第四本宮:神功皇后(じんぐうこうごう) - 名は「息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)」。第14代仲哀天皇皇后。
特に底筒男命中筒男命表筒男命の3柱は「住吉大神(すみよしのおおかみ)」と総称され、「住江大神(すみのえのおおかみ)」・「墨江三前の大神(すみのえのみまえのおおかみ)」とも別称される[2]。延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳[原 2]での祭神の記載は4座。『住吉大社神代記』(平安時代前期頃か)でも祭神を4座とするが、第一宮を表筒男、第二宮を中筒男、第三宮を底筒男、第四宮を姫神宮(気息帯長足姫皇后宮)としており現在とは順序が異同する。
◆御利益
住吉大社末社「大歳社」に、おもかる石という3つの石があります。
願掛けをして3つの石のうち、1つを持ち上げ、持ち上がると願いが叶うといわれています。
●心願成就のご利益「五・大・力」
小石に墨書の五・大・力 3個1組を拾う。寿(命)力、福力、体力、智力、財力の運力のパワーアップを授かります。
●侍者社(おもとしゃ)「縁結び」・種貸社(たねかししゃ)「商売繁盛」
住吉大社末社にある侍者社(おもとしゃ)には、初代の神主とその姫神が祀られており、縁結びにご利益があります。
末社にある種貸社(たねかししゃ)で、御祈祷した「お種銭」を元手に加えて商売をすれば繁盛するいわれています。
「お種銭」は、御祈祷された人だけに授与されます。
●御神木「夫婦楠( めおとぐす)」に棲む白蛇
住吉大社末社・楠珺社(なんくんしゃ)には、樹齢1000年を超えるご神木「夫婦楠( めおとぐす)」があります。
そこには、神様のお使いである白蛇が棲んでいるという言い伝えがあります。
●一年のはじまりには、白馬が本宮を拝礼する行事が行われます。一年のはじめに白馬(あおうま)を見ると、縁起が良いと言われています。1年良いことがありそうです。
「白馬(あおうま)神事」で、邪気を払う
一年のはじめに白馬(あおうま)を見ると、縁起が良いと言われています。
●第二本宮で感じる、音霊(おとだま)・言霊(ことだま)のパワー
住吉大社の第二本宮からは、波紋のように広がる音霊(おとだま)や言霊(ことだま)のパワーを感じるそうです。

諏訪大明神普賢菩薩)長野諏訪大社 
諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖周辺4か所にある神社。式内社名神大社)、信濃国一宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。神紋は「梶の葉」。
全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社である。旧称は諏訪神社。通称として「お諏訪さま」「諏訪大明神」等とも呼ばれる。
諏訪大社の特徴は、本殿と呼ばれる建物がありません。秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝しております。古代の神社には社殿がなかったとも言われています。つまり、諏訪大社はその古くからの姿を残しております。諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、現在は生命の根源・生活の源を守る神として御神徳は広大無辺で、多くの方が参拝に訪れます。
概要
諏訪大社諏訪湖を隔てて「上社(かみしゃ)」「下社(しもしゃ)」にわかれていて、その間は10Km以上離れています。
上社には「本宮」「前宮」下社には「秋宮」「春宮」があります。
御柱に象徴される「人生に新たな柱を立てる」ご神木の聖地
4宮ともに社殿四隅に御柱(おんばしら)という神柱が立ち、圧倒的なパワーを放っています。
6年に一度、御柱を人力で引きずり新たに建てる豪快な神事「御柱祭」が有名です。
諏訪大社には風と水を司る竜神が有名で風や水に直接関係のある農業の守護神、水の信仰が海の守り神ともされています。
諏訪大社は五穀豊穣・海上安全・必勝祈願のご利益があるといわれています。
諏訪大社では特に縁結び・子宝・金運・仕事運アップのパワーとご利益をいただけるそうです。
春宮には二又にわかれているのに根元ではひとつになっている巨大な縁結びの杉の木もあります。
春宮はかわいらしい女性になれるパワースポットでもあります。
**下社の神様は2月~7月は春宮に住み、8月1日のお祭りで秋宮に戻るそうです。

八幡神
八幡神(やはたのかみ、はちまんしん)は、日本で信仰される神で、清和源氏桓武平氏など全国の武家から武運の神(武神)「弓矢八幡」として崇敬を集めた。
誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、応神天皇と同一とされる。また早くから神仏習合がなり、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と称され、神社内に神宮寺が作られた。
八幡宮(はちまんぐう)は、八幡神を祭神とする神社。八幡神社、八幡社、八幡さまとも表記・呼称される。
全国に約44,000社あり、大分県宇佐市宇佐神宮を総本社とする。
八幡宮(はちまんぐう)は、八幡神を祭神とする神社。八幡神社、八幡社、八幡さまとも表記・呼称される。
全国に約44,000社あり、大分県宇佐市宇佐神宮を総本社とする。
三大八幡
俗に三大八幡と呼ばれる神社は、以下の4社のうち「宇佐・石清水」に「筥崎・鶴岡」のいずれかを合わせた3社とされている。
宇佐神宮大分県宇佐市) - 官幣大社名神大社、勅祭社
石清水八幡宮京都府八幡市) - 官幣大社二十二社、勅祭社
筥崎宮(福岡県福岡市東区) - 官幣大社名神大社
鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市) - 国幣中社
幕末から明治期の資料では、1868年(慶応4年)4月24日付け太政官達に示す八幡宮の例示3社は「宇佐・石清水・筥崎」としているほか、社格でもその3社が官幣大社で並んでいる(鶴岡は国幣中社)。一方、近年発行された書籍中で「宇佐・石清水・鶴岡」が八幡神社の代表例とされることがある。
宇佐神宮の御利益
開運福徳 (特に所願成就、開運招福)
守護 (特に厄除け・除禍、諸難除け・災難除け、病除け・悪疫退散)
恋愛・良縁 (特に縁結び)
出産・育児 (特に子宝・子授け、安産、子育て・子供の育成)
家族円満 (特に家内安全、夫婦円満、家門隆盛・家系繁栄)
勝負運・運勢 (特に勝運・勝負運)
旅行・交通 (特に交通安全)
農業畜産 (特に五穀豊穣)
産業 (特に産業開発・殖産興業、刃物業・鍛冶業守護、商業隆盛、諸産業の守護、市場の神)
国家事業 (特に国土経営、国家鎮護・国土平安)
バラエティ(その他) (特に失せ物発見、迷子発見)

 

 

☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『仕返ししない』

心をガードするのを忘れていたが故に、

耳に痛い言葉をぶつけられてうっかり傷ついてしまったとしても、

トゲのある言葉で言い返すことの無い様に、


自分の内面をこっそり見つめる君にとって、

他人と敵対することなど全く不要なことなのだから。


経集932

 

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月22日は、施無畏菩薩、如意輪観音、稲荷大明神、熱田大明神の縁日&ブッダの言葉 

 毎月22日は、➀施無畏菩薩➁如意輪観音稲荷大明神➃熱田大明神の縁日です。

➀施無畏菩薩 せむいぼさつ
三十日秘仏の二十二日仏。
内証観世音菩薩とも言われます。
何ものをも畏おそれぬ力を与えること。
施無畏は観世音菩薩の異名としても用いられます。観音様は施無畏者と呼ばれる。
★観世音菩薩【かんぜおんぼさつ】
世の人々の音声を観じて、その苦悩から救済する菩薩。人々の姿に応じて大慈悲を行ずるところから千変万化の相となるといい、その姿は六観音三十三観音などに表される。また、勢至菩薩とともに阿弥陀仏の脇侍で、宝冠に化仏(けぶつ)をつけ、独尊としても信仰される。観音菩薩。観自在菩薩。観世音。
★施無畏(せむい)とは
仏教用語。無畏を施すこと。すなわち相手に危害を加えず恐れをいだかせないこと。三施の一つ。施無畏力をもっているために,観世音菩薩は施無畏者と呼ばれる。
無畏とは仏・菩薩のそなえる徳の一。智慧ちえがあるため、教えを説くときに自信にあふれ何ものも怖れないこと。無所畏むしよい。4種あると説き、四無畏(しむい)という。
しむい【四無畏】とは 仏・菩薩が畏おそれを抱かずに仏法を説くことのできる四つの自信。仏の四無畏は一切智無畏・漏尽無畏・説障道無畏・説尽苦道無畏、菩薩の四無畏は能持無畏・知根無畏・答報無畏・決疑無畏をいう。
※せむいいん【施無畏印
〘仏〙 施無畏の功徳を示す印。右手を開いて、手のひらを外に向け、肩の辺に上げる。


如意輪観音

如意輪観音(にょいりんかんのん)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一尊に数えられる。
三昧耶形は如意宝珠、紅蓮華。
概要
日本では「如意輪観音菩薩」、「如意輪観世音菩薩」、「大梵深遠観音」などさまざまな呼び方があるが、重要文化財等の指定名称は「如意輪観音」となっている。また「救世菩薩」とも呼ばれる。
如意とは如意宝珠(チンターマニ)、輪とは法輪(チャクラ)の略で、如意宝珠の三昧(定)に住して意のままに説法し、六道の衆生の苦を抜き、世間・出世間の利益を与えることを本意とする。
如意宝珠とは全ての願いを叶えるものであり、法輪は元来古代インドの武器であったチャクラムが転じて、煩悩を破壊する仏法の象徴となったものである。六観音の役割では天上界を摂化するという。
如意輪観音を祀る寺院の例
石山寺 - 滋賀県大津市
園城寺 - 滋賀県大津市
観心寺 - 大阪府河内長野市
神呪寺 - 兵庫県西宮市
室生寺 - 奈良県宇陀市
岡寺 - 奈良県明日香村
頂法寺(六角堂) - 京都市
橘寺 - 奈良県明日香村
青岸渡寺 - 和歌山県那智勝浦町
聖徳太子 - 念持仏としていた。
如意尼(真名井御前 - 如意輪観音に帰依して、六甲山系甲山に如意輪観音を祀る神呪寺を創建した。
護国寺 - 東京都文京区

 

稲荷大明神 伏見稲荷大社
稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)は、日本における神の1つ。
稲荷大明神(いなりだいみょうじん)、お稲荷様、お稲荷さんともいう。本来は穀物・農業の神だが、現在は商工業の神としても信仰されている。
稲荷神を祀る神社を稲荷神社(いなりじんじゃ)と呼び、京都市伏見区深草にある伏見稲荷大社が日本各所にある神道上の稲荷神社の総本宮となっている。
五穀をつかさどる神、ウカノミタマと同一視されることから、多くの稲荷神社ではウカノミタマを主祭神としている。神仏習合思想において仏教の女神である荼枳尼天とも習合したため、仏教寺院で祀られることもある。
稲荷神は、和銅4年(711年)に山城国稲荷山(伊奈利山)、すなわち現在の伏見稲荷大社に鎮座したと伝えられている。
元々は京都一帯の豪族・秦氏氏神で、現存する旧社家は大西家である。
神道系の稲荷神社では朱い鳥居と、神使の白い狐がシンボルとして広く知られる。
廃仏毀釈が起こる前の仏教系寺院でも鳥居が建てられ、現存する寺院もある。
元来は五穀豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神としても信仰されるようになった。「イナリ」は「稲荷」と表記するのが基本だが、「稲生」や「稲成」、「伊奈利」とする神社も存在する。
日本三大稲荷
伏見稲荷大社は、「日本三大稲荷神社」について伏見稲荷以外の2社については様々な説があって特定できないとしている。笠間稲荷神社祐徳稲荷神社を日本三大稲荷とする説があり、最上稲荷最上稲荷山妙教寺)や豊川稲荷(円福山豊川閣妙厳寺)を日本三大稲荷とする説もあるが、この2社は正確には神社ではなく寺院である。

 

➃熱田大明神 名古屋 (税務署吉運あり)
熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社。式内社名神大社)、尾張国三宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。宮中の四方拝で遥拝される一社。神紋は「五七桐竹紋」。
概要
名古屋市南部の熱田台地の南端に鎮座する。古くは伊勢湾に突出した岬上に位置していたが、周辺の干拓が進んだ現在はその面影は見られない。
三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られる。なおこの剣は、鎮座の後も、盗難に遭ったり、形代が壇ノ浦の戦いで遺失するなどの受難にみまわれている。
また、景行天皇43年創建と伝えられており、同年は西暦に換算した場合に113年とされることから、2013年(平成25年)に創祀1900年を迎えるとされ、同年5月8日に「創祀千九百年大祭」が行われた。
建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、1893年明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式だった(境外摂社の氷上姉子神社に尾張造の建築様式が残っている)
◆御利益 国土安穏 家紋隆昌 開運 厄除け 必勝祈願
主祭神
熱田大神(あつたのおおかみ)
三種の神器の1つ・草薙神剣(くさなぎのみつるぎ、草薙剣天叢雲剣とも)を神体とする天照大神を指すとしている。
相殿神
天照大神(あまてらすおおかみ)
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
宮簀媛命(みやすひめのみこと)
建稲種命(たけいなだねのみこと)

 

 

☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『快感と不快の脳内麻薬を解毒する』

ありとあらゆる言い争いとイガミアイ、うんざりするようないざこざ。

 

それらの起こる元凶は、

君の脳内で合成される快感物質と不快感物質の麻薬に他ならない。

 

言い負かされそうになったり、

自分より優れた相手を見たりすると、

頭の中で不快な脳内麻薬がドバーッと噴出するがゆえに、

むやみに他人をけなしたくなる。

 

勝てそうだと見くびったり、

「やっつけてやる!」と優越感にどっぷり浸ると、

 

頭の中で快感の脳内麻薬がビューンと噴出するがゆえに、

 

むやみに自説を押し通したくなる。

 

 これら「快」「不快」の神経経路を抑制する穏やかな解毒剤を

 

噴出させていさいすれば、

 

君はあらゆるイザコザからスッと身を引ける。

 

経集862・866・867

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月21日は、弘法大師、無盡意菩薩、准提観音菩薩、八王子権現、吉備大明神、飯縄権現の縁日&ブッダの言葉 

毎月21日は、①弘法大師、②無盡意菩薩、➂准提観音菩薩、➃八王子権現、➄吉備大明神➅飯縄権現の縁日です。



➀大師の縁日(真言宗の縁日)
毎月21日は、真言宗の開祖「弘法大師空海)」の月命日で縁日が催されます。
大師とは、朝廷から高僧に贈られる諡で、弘法大師は、834(承和2)年3月21日、62歳で入寂しました。

各地の大師堂は参詣者で賑い、関東では「川崎大師」が有名です。
また、関西では「京都の東寺」では、『弘法市』の名で有名ですが、境内では「弘法市」が大々的に開かれます。

弘法市には観光客も多く、楽しいフリーマーケットにもなります。
一般に神社の祭日や寺院の縁日の市は古い起源を持っていますが、「弘法市」の縁日がいつ頃始まったかについてのはっきりとした記録は残っていません。
ただ、天狗草紙絵巻の中に、東寺南大門で物を売る商人の図が見受けられたり、東寺百合文書には、1403(応永10)年、足利義満の時代に南大門に一服一銭の茶店があった事が記されています。
これによって鎌倉中期から室町時代にかけて、境内の特定の地域で商行為が行なわれていた事が判ります。

●『納めの大師』 :
弘法大師」こと「空海」の忌日が3月21日である事から、以下と重複しますが毎月21日は「大師の縁日」です。
その内で、一年最後の縁日は「納めの大師」と呼ばれ、各地の大師堂は参詣者で賑います。
●『終い弘法』 :
京都市南区にある「東寺」では、「大師の縁日」の事を『弘法市』と言い、下記と重複しますが毎月21日に境内では「弘法市」が大々的に開かれます。
その年内最後の祭典が「終い弘法」と呼ばれ、この1年間の無病息災を感謝して年間で最もにぎやかな市が開かれます。
地元の参詣者や観光客で賑わう「終い弘法」では骨董品や古着の他、葉ボタンや梅、千両の苗、干しガキ、翌年のえとの置物等、迎春用の品を売る店がずらりと並びます。

➁無盡意菩薩 むじんいぼさつ
三十日秘仏の二十一日仏。
定慧金剛、無盡金剛菩薩ともいいます。
80種類の無尽の法門を説く仏様です。
無盡意菩薩は薬師八大菩薩の一つ。
日本の日蓮聖人は南無妙法蓮華経親鸞聖人は南無阿弥陀仏のお題目さえ唱えて
いればそれだけで救われるという教えは恐らくこの観世音菩薩普門品と同じよう
な考えですよね。
しかし、これこそ人類或いは衆生全般にとって重大な意味を秘密に含んでいるの
かもしれません。

➂准提観音菩薩
准胝観音(じゅんでいかんのん、じゅんていかんのん)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。準胝観音または準提観音とも書く。准胝仏母とも。
日本の真言系では変化観音とされて「六観音」(七観音)の一尊に数えられ、日本の天台系では観音ではなく仏母とされる。
インド・チベットでは一般に仏母とされ、変化観音とはみなされない。インドでは観音は男性名詞のため男尊とされるが、准胝は女性名詞であり、女尊として表現される。
准胝は五守護女尊やマーリーチー(摩利支天)と同様に、特定の陀羅尼(女性名詞のダーラニー)と結びついた女尊である。
七倶胝仏母(しちくていぶつも)とも呼ばれる。密号は最勝金剛、降伏金剛。
日本では従来、准胝の還梵はチュンディーとされている。漢名の准胝はチュンダー陀羅尼における「チュンデー」という語(チュンダーの女性単数呼格、「チュンダーよ」)の音写であるという説もある。インド原典ではチュンダーである。
◆概説
日本では「准胝仏母」、「准胝観音菩薩」、「准胝観世音菩薩」、「天人丈夫観音」などさまざまな呼称がある。
中国では密教、この後も広く禅宗や浄土宗、道教等でも信仰されるが、かつてインドから東南アジアでも信仰された。
日本の真言宗の開祖である空海高野山の開基の際に、僧房の次にまず准胝堂を建立し、准胝観音を弟子たちの得度の本尊としてお祀りしたのは有名で、のちに高野山が荒廃した際にも僧俗の手によって庫裡にこの准胝観音を安置し守り続けられた。
それゆえ、准胝堂の補修が行なわれた昭和の時代になるまで、高野山では准胝堂で僧侶となるための得度の儀式が執り行なわれていた。また、真言宗醍醐派の開祖・聖宝尊師がこれに倣って醍醐寺の開基に准胝観音を勧請し、その孫弟子の仁海は六観音准胝観音を加え、その後も長く民衆の信仰を集めている。
准胝観音の功徳
善無畏三蔵の訳による『七仏倶胝仏母心大准提陀羅尼法』(大正蔵№1078)には、「仏いわく、この准胝仏母の真言と印契の密法によって、十悪罪や五逆罪等の一切の重い罪を滅して、よく一切の善法を成就し、さらには戒律を具足し、清廉潔白の身となって、速やかに心の清浄を得る。
もし、在家の行人がいて飲酒や肉食を断つことなく、たとえ妻子があったとしても、ただ、この准胝仏母を本尊とすることで、あらゆる仏法・密法を成就することができる」と説かれている。
地婆訶羅三藏の訳による『仏説七倶胝仏母心大准提陀羅尼経』(大正蔵№1077)には、「もし、在家の善男善女らが『准胝真言』を唱え、これを日々に保つことがあれば、その人の家には災難や事故、病気等による苦しみが無く、あらゆる行いには行き違いや望みが果たせないということも無く、その人の言葉は皆が信用して、よく聞いてくれるようになる。
また、幸福に恵まれず、才能にも恵まれない人があって、密教の才覚もなく、僧侶の修行である『七科三十七道品』という釈迦の教えに廻りあうことができない人がいたとしても、この准胝観音の『陀羅尼法』の伝授を受けることができたならば、速やかに無上の覚りを得ることができる。
更には、『准胝真言』を常に記憶にとどめ、よくこの真言を唱えて善行となる戒律を守ることができれば、あらゆる願いも成就する」と説かれている。
准胝観音を本尊とする寺院
高野山・准胝堂(和歌山県) - 「准胝観音坐像」。
醍醐寺上醍醐・准胝堂(京都府) - 「准胝観音坐像」、西国三十三所・第11番札所、焼失による修復中。
聖護院・積善院準提堂(京都府) - 「準提観音立像」、五大力尊・役行者霊跡札所。
興福寺長崎県) - 「准胝観音坐像」、明末〜清初、17世紀。
長栄寺(愛知県) - 「準提観音坐像」、光格天皇中宮欣子内親王御賜による伽羅の香木製、江戸時代。地元では豪潮長栄寺とも呼ばれる。
語歌堂(埼玉県・横瀬町) - 「准胝観音坐像」、秩父三十四観音霊場・第5番札所。
その他、准胝観音を祀る代表的な寺院
泉涌寺京都府) - 「準提観音坐像」、江戸時代。
西明寺(栃木県:六観音) - 「准胝観音立像」、鎌倉時代
總持寺(神奈川県・横浜市鶴見区) - 「準提観音坐像」。
宝戒寺(神奈川県・鎌倉市) - 「仏母准胝観音坐像」、鎌倉三十三観音霊場・第2番札所。
大報恩寺京都府六観音) - 「准胝観音立像」、室町時代、1562年作。
準提院(台湾・高雄市) - 「準提仏母坐像」、高野山真言宗
興国禅寺・慈恩堂 - 「準提観音坐像」、伊達秩父・観音霊場第一番札所。
長久寺(宮崎県:六観音) - 「准胝観音坐像」、室町時代、1562年作。
仁和寺奈良県) - 「准胝曼荼羅図」、唐本白描、平安時代、12世紀。
蓮華堂(千葉県) - 「準提仏母坐像」・「準提曼荼羅」・「穢跡金剛立像」・「幻化網曼荼羅」他、高野山真言宗
寒山寺(中国・江蘇省蘇州市) - 「準提仏母坐像」、唐代(修復済)。
◆美術館等
東京国立博物館 - 「准胝観音図」、白描、平安時代、12世紀。
細見美術財団 - 「准胝観音画像」、鎌倉時代、13世紀。

 

八王子権現 日吉大社八王子社
八王子権現』(はちおうじごんげん)・(現在は日吉大社八王子社)は近江国牛尾山(八王子山)の山岳信仰天台宗山王神道が融合した神仏習合の神であり、日吉山王権現もしくは牛頭天王(ごずてんのう)の眷属である8人の王子を祀った。神仏分離廃仏毀釈が行われる以前は、全国の八王子社で祀られた。三十番神の1神。
日吉山王権現、あるいは牛頭天王の8人の眷属神は八方の各方位を司るとされた。塞神信仰や陰陽道の影響で、病気や災厄を免れるご利益をもたらすと信じられた。
平家物語には、比叡山の呪詛によって八王子権現の神矢に倒れた関白藤原師通の説話が登場する。
明治維新神仏分離廃仏毀釈によって、日吉山王権現牛頭天王とともに八王子権現も廃された。
八王子社の多くは、日吉八王子神社八王子神社・牛尾神社などとなっている。
日吉大社
日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。
祭神
2つの本宮と以下の5つの摂社から成り、日吉七社・山王七社と呼ばれる。
・本宮
西本宮:大己貴神大国主神に同じ)
東本宮:大山咋神
・5摂社
牛尾宮:大山咋神荒魂 - 大山咋神の荒魂
樹下宮:鴨玉依姫命
三宮宮:鴨玉依姫命荒魂 - 鴨玉依姫命の荒魂
宇佐宮:田心姫神
白山宮:菊理姫
●方除け・厄除けの神社
日吉大社比叡山の麓に鎮座し、全国にある日吉神社日枝神社山王神社総本宮として知られています。創建は崇神天皇7(紀元前91)年と言われ非常に古く、平安京遷都の時にはこの地が京の表鬼門(北東)に当たることから、鬼門除けや災難除けの社として崇敬を受けてきました。
また、最澄比叡山上に延暦寺を建立した際に天台宗の守護神としても崇敬されるようになり、天台宗の本山の天台山国清寺に祀られていた山王元弼真君にならい、山王権現とも呼ばれるようになりました。
境内には約40ものお社があり、全ての神様を総称して「日吉大神」と呼びます。
●神猿(まさる)
古来から猿と深い縁のある日吉大社には、神様のお使いとされる「神猿(まさる)」がいらっしゃいます。魔除けの象徴として、また「魔」が「去る」という縁起の良さがら、人々に親しまれています。

➄吉備(きび)大明神 岡山吉備神社
吉備津神社(きびつじんじゃ)は、岡山県岡山市北区吉備津にある神社。式内社名神大社)、備中国一宮。旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社
吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)」とも称したが、現在は「吉備津神社」が正式名である。
当社、吉備津神社岡山県岡山市にあり、大吉備津彦大神を主祭神とする山陽道屈指の大社です。
 大吉備津彦大神は、記紀によれば、崇神四道将軍の随一として、この地方の賊徒を平定して平和と秩序を築き、今日の吉備文化の基礎を造られたとされています。
古来より、吉備国開拓の大祖神として尊崇され、吾国唯一の様式にして日本建築の傑作「吉備津造り(比翼入母屋造)」の勇壮な社殿、釜の鳴る音で吉凶を占う鳴釜の神事、また桃太郎伝説のモデルなどで知られています。
ご利益・ご神徳
大吉備津彦命】必勝祈願、産業振興、延命長寿、家内安全、厄除け、病気平癒、子育て、スポーツ上達
概要
岡山市西部、備前国備中国の境の吉備の中山(標高175m)の北西麓に北面して鎮座する。吉備の中山は古来より神体山とされ、北東麓には備前国一宮・吉備津彦神社が鎮座する。当社と吉備津彦神社とも、主祭神に、当地を治めたとされる大吉備津彦命を祀り、命の一族を配祀する。
本来は吉備国の総鎮守であったが、吉備国の三国への分割により備中国の一宮とされ、分霊が備前国備後国の一宮(備前吉備津彦神社、備後:吉備津神社)となったとされる。この事から備中の吉備津神社は「吉備総鎮守」「三備一宮」を名乗る。
足利義満造営とされる本殿は独特の比翼入母屋造(吉備津造)で、拝殿とともに国宝に指定。また社殿3棟が国の重要文化財指定されるほか、特殊神事の鳴釜神事が有名である。
当地出身の政治家犬養毅は、犬養家遠祖の犬飼健命が大吉備津彦命の随神であるとして、吉備津神社を崇敬したという。神池の畔に犬養毅銅像が建てられ、吉備津神社の社号標も同人の揮毫になる。

➅『飯縄権現
飯縄権現(いづなごんげん、いいづなごんげん)とは、信濃国上水内郡(現 長野県)の飯縄山飯綱山)に対する山岳信仰が発祥と考えられる神仏習合の神である。
飯綱権現の別名としては飯縄権現(いいづなごんげん)、飯綱権現(いづなごんげん)、飯縄明神(いづなみょうじん)、飯縄大明神(いづなだいみょうじん)等がある。
多くの場合、白狐に乗った剣と索を持つ烏天狗形で表され、五体、あるいは白狐には蛇が巻きつくことがある。一般に戦勝の神として信仰され、足利義満管領細川氏(特に細川政元)、上杉謙信武田信玄など中世の武将たちの間で盛んに信仰された。特に、上杉謙信の兜の前立が飯縄権現像であるのは有名。
その一方で、飯縄権現が授ける「飯縄法」は「愛宕勝軍神祇秘法」や「ダキニ天法」などとならび中世から近世にかけては「邪法」とされ、天狗や狐などを使役する外法とされつつ俗信へと浸透していった。
「世に伊豆那の術とて、人の目を眩惑する邪法悪魔あり」(『茅窓漫録』)「しきみの抹香を仏家及び世俗に焼く。術者伊豆那の法を行ふに、此抹香をたけば彼の邪法行はれずと云ふ」(『大和本草』)の類である。しかし、こうした俗信の域から離れ、現在でも信州の飯縄神社や東京都の高尾山薬王院、千葉県の鹿野山神野寺、千葉県いすみ市の飯縄寺、日光山輪王寺など、特に関東以北の各地で熱心に信仰されており、薬王院は江戸時代には徳川家によって庇護されていた。
飯綱大権現は、不動明王歓喜天迦楼羅天、叱き尼天、弁財天の5相を合体したお姿だと言われています。
 このため、その御利益は幅広く厄除けをはじめ、病気平癒、開運、 恋愛成就、学業成就、火防、と多岐にわたっています。
飯綱権現の御神徳 山岳の神、戦勝の神、招福万来、災厄消除、除災開運等。
飯綱権現の伝承地
長野県飯縄山
東京都高尾山

 

☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『「怒り」の連鎖から抜け出す』
「もうヤダ、やってらんないよぉーっ」

君の心に怒りがサッとひろがったなら、

脳内には神経毒素が放出されて、体中に毒性の胃炎が広がる。

もし君が毒蛇に咬まれたら、

毒が身体に広がってゆくのと同じ。

あせらず薬草を探してすり込めば、

やがて毒が消えて、命拾いのホッと一息がつける。

 

心の中にくすぶっている怒りの毒に、冷静さの薬草をすり込んで

ことごとく消し去ることこそ本当の命拾いになる。

 

怒りを捨て去ったなら君は、もはや生きる苦しみのメリーゴーランド・連続から

優雅且つ軽やかに抜け出すだろう。

 

そうまるで蛇が脱皮して、抜け殻を捨ててゆくがごとく。

 

経集1 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月20日は、月光菩薩、十一面観音菩薩、客人大明神、苗鹿大明神の縁日&今日の一言 ブッダの言葉

毎月20日は、➀月光菩薩、➁十一面観音菩薩、➂客人大明神、➃苗鹿大明神の縁日です。

 

月光菩薩 がっこうぼさつ

三十日秘仏の二十日仏。
月光遍照、月浄などとも呼ばれます。
姿としては月輪を持つことが多い。
単独で祀られることはなく、薬師如来の右脇仕として祀られ、薬師如来の教えを伝える役目を日光菩薩とともに受け持ちます。
月の光のような、やさしい慈しみの心を授けます。
日光菩薩月光菩薩(にっこうぼさつ・がっこうぼさつ)とは?
薬師如来をサポートする、太陽と月の光の象徴
 日光菩薩は日光遍照菩薩とも呼ばれ、太陽の如く光を照らして苦しみの闇を消すといわれています。一方の月光菩薩は月光遍照菩薩とも呼ばれ、月の光のようなやさしい慈しみの心で煩悩を消すといわれています。
 基本は薬師如来の脇侍で、左を日光菩薩・右を月光菩薩で三尊で並び、独尊で祀られることはありません。日光菩薩月光菩薩は鏡を見ているようにそれぞれ左右対照的に造られることが多いです。
ご利益
 健康長寿、病気治癒、災難除去のご利益があるとされています。
日光菩薩月光菩薩(にっこうぼさつ・がっこうぼさつ)の像容
 決まった形というのはありませんが、手にはそれぞれ月輪と日輪を持っています。左手が上がっている造形が日光菩薩である場合が多いですよ。
有名寺院と像
 ・奈良県薬師寺
 ・奈良県東大寺

 

➁十一面観音菩薩
十一面観音(じゅういちめんかんのん)は、仏教の信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、六観音の1つでもある。頭部に11の顔を持つ菩薩である。
大光普照(だいこうふしょう)観音とも呼ばれ、頭上の11面のうち、前後左右の10面は菩薩修行の階位である十地を表し、最上部の仏面は仏果を表すとされるが、これは衆生の十一品類の無明煩悩を断ち、仏果を開かしめる功徳を表すとされる。「救わで止まじ」の誓願を持つがゆえに、大悲闡提とも呼ばれる。六観音の役割では、阿修羅道衆生を摂化するという。
◆十種勝利
離諸疾病(病気にかからない)
一切如來攝受(一切の如来に受け入れられる)
任運獲得金銀財寶諸穀麥等(金銀財宝や食物などに不自由しない)
一切怨敵不能沮壞(一切の怨敵から害を受けない)
國王王子在於王宮先言慰問(国王や王子が王宮で慰労してくれる)
不被毒藥蠱毒。寒熱等病皆不著身(毒薬や虫の毒に当たらず、悪寒や発熱等の病状がひどく出ない。)
一切刀杖所不能害(一切の凶器によって害を受けない)
不能溺(溺死しない)
不能燒(焼死しない)
不非命中夭(不慮の事故で死なない)
◆四種功德
臨命終時得見如來(臨終の際に如来とまみえる)
不生於惡趣(悪趣、すなわち地獄・餓鬼・畜生に生まれ変わらない)
不非命終(早死にしない)
從此世界得生極樂國土(今生のあとに極楽浄土に生まれ変わる)
日本語では「十一面観音菩薩」、「十一面観世音菩薩」など様々な呼び方があるが、国宝、重要文化財等の指定名称は「十一面観音」となっている。
日本での信仰
密教系の尊格であるが、雑密の伝来とともに奈良時代から信仰を集め、病気治癒などの現世利益を祈願して十一面観音像が多く祀られた。観音菩薩の中では聖観音に次いで造像は多く、救済の観点からも千手観音と並んで観世音菩薩の変化身の中では人気が高かった。
伝承では、奈良時代修験道僧である泰澄は、幼少より十一面観音を念じて苦修練行に励み、霊場として名高い白山を開山、十一面観音を本地とする妙理権現を感得した。平安時代以降、真言宗天台宗の両教を修めた宗叡は、この妙理権現を比叡山延暦寺遷座し、客人権現として山王七社の1つに数えられている。
◆日本におけるおもな作例
奈良時代
奈良・聖林寺
京都・観音寺像
京都・大雲寺像未指定
平安時代
滋賀・向源寺(渡岸寺)像
京都・六波羅蜜寺
大阪・道明寺像
奈良・法華寺
奈良・室生寺
絵画
奈良国立博物館本(平安時代


➂客人大明神 日吉大社白山姫神
御祭神は、菊理姫神
客人大明神・客人権現(きゃくじんごんげんん)日吉大社白山姫神
 山王七社(比叡山に祀られた神様です。山王は山麓にある日吉神社ひえじんじゃのことです。)のひとつ。
客人権現白山宮白山姫神
滋賀県大津市の日吉山王の祭神。商家で、客足の多くなることを祈願して祭る。
客人大権現を崇敬した人々 : 芝居茶屋・遊郭・料飲業・・・接客業に”千客万来”をもたらす神さま
 客人権現(まろうど・きゃくじんごんげん)は三十番神にも登場します。
客人(まろうど、まらひと)とは、元来は稀に来訪する神さまの意味で、神さまを丁重におもてなしすることが福を授かることに通じます。権現とは、仏さまが仮に神さまの御姿で現れたもの、という意味で、当時はたいへん尊い神仏に対して使われていた呼び名です。
本地仏は十一面観音です。
女性の姿で、八王子山麓に現れた神様。手に持っているのは払塵ほつじんです。
本殿<国重要文化財
慶長3年(1598)建立。三間社流造、檜皮葺。樹下神社本殿とほぼ同型式。
拝殿<国重要文化財
慶長3年(1598)建立。本殿と同時期につくられた。入母屋造。檜皮葺。
【国重要文化財】「日吉大社摂社白山姫神社本殿」信長の焼き討ちの後、慶長3年(1598年)に建てられた。三間社 流造で屋根は檜皮葺き。向拝は一間で浜床(ハマユカ)付き、前室の正面は蔀戸(シトミド)となっている。樹下神社本殿とはほぼ同形式となっているが、装飾金具が少なく簡素な造りで、落ち着いた中に各部の意匠に気を配った建物である。
日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。
祭神
2つの本宮と以下の5つの摂社から成り、日吉七社・山王七社と呼ばれる。
本宮
西本宮:大己貴神大国主神に同じ)
東本宮:大山咋神
5摂社
牛尾宮:大山咋神荒魂 - 大山咋神の荒魂
樹下宮:鴨玉依姫命
三宮宮:鴨玉依姫命荒魂 - 鴨玉依姫命の荒魂
宇佐宮:田心姫神
白山宮:菊理姫
◆主な寺院
日蓮宗 高林山 法典寺 東京都港区六本木6-7-18 客人大権現画像
・渋江白髭神社白髭神社・客人大権現(まろうどだいごんげん)東京都葛飾区東四つ木4-36-18
御祭神:猿田彦命大己貴命建御名方命
六代将軍・徳川家宣の側室・左京の局(月光院、お喜世の方)が当社への信仰により後の七代将軍となる家継を懐胎したことから、評判が広まり、遠近からの参詣者が絶えず賑わった。
神社に残る客人大権現縁起や勧進牒の版木には、「諸人愛敬、商売繁昌、芸能上達、諸願満足、如意吉祥、息災延命、子孫繁栄、一粒万倍」、「武運長久、四民安穏、諸商売繁昌」などのご神徳が掲げられています。
 諸人愛敬(万人から愛され敬われる)、あるいは芸能上達といった接客をを生業とする人々にとってはたいへんありがたいご利益をもたらしてくださり、それが千客万来、やがて商売繁昌へとつながるという信心から参詣者が雲集したと考えられますし、参詣してご利益が叶ったと感じた人々がそのことを伝えてきたために、地誌や名所案内に載らなくとも、口伝だけで長期間にわたり崇敬を集めてきたのだと考えるのが自然ではないかと思われます。


➃苗鹿(なえか)大明神(阿弥陀如来)大津那波賀神社
那波加神社(なはかじんじゃ/なばかじんじゃ)は、滋賀県大津市にある神社。式内社で、旧社格は県社。神紋は「苗を背負鹿」「三ツ巴」「抱茗荷」
祭神
主祭神
天太玉命 (あめのふとだまのみこと)
配神
於知別命 (おちわけのみこと)
文献上では「落別王」「祖別命」とも。第11代垂仁天皇皇子で、当地を治めた小槻氏の始祖。一説には、於知別命ではなく雄琴神社祭神の今雄宿禰命が祭神であるともいわれる。
明治時代まで、主祭神は宇賀御玉命とされていた。『特選神名牒』では、「苗鹿」という社名から稲の神・宇賀御玉命が附会されたものであろうとしている。
【ご利益】
地域・家内安全、地域・産業振興、平穏安寧

 

 

☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『君以外の誰も君を傷つけない』

 

君を嫌っている敵が君に対してする酷い仕打ち、

 

そんなものは大したことはない。

 

君を憎む人が君に対してする執拗な嫌がらせ、

 

そんなものは大したことじゃない。

 

怒りに歪んだ君の心は、

 

それよりもはるかに酷いダメージを君自身に与えるのだから。


法句経42

 

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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