終活・生活・再生日記 「夢幻」

生と死と再生&感謝、祈り・絆、縁日、雑感等についてお知らせしています。

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毎月5日は弥勒菩薩、水天、気多大明神、大原野大明神、の縁日です。

毎月5日は➀弥勒菩薩➁水天➂気多大明神➃大原野大明神の縁日です。

 

弥勒菩薩 みろくぼさつ 弥勒仏。
十三仏の六七日導師。三十日秘仏の五日仏。

古寺巡礼の旅 広隆寺
弥勒菩薩(みろくぼさつ)は仏教において、釈迦牟尼仏の次に現われる未来仏であり、大乗仏教では菩薩の一尊である。一部の大乗経典では字(あざな)が阿逸多 Ajita とされているが、スッタニパータ第五章や、『中阿含経』中の説本経などの初期経典の記述では、弥勒と阿逸多は別人であり、弥勒は仏陀となるという記別を受け、また阿逸多は仏陀ではなく転輪聖王となるという記別を受けている。

弥勒菩薩と言えば、半跏思惟像はんかしゆいぞうの弥勒菩薩が有名です 。
五仏の付いている冠をかぶったり、手に宝塔を持っている姿が一般的です。
弥勒菩薩兜率天(とそつてん)の内院に住み、釈迦(しゃか)入滅から56億7000万年後の未来の世に仏となってこの世にくだり、衆生を救済するという未来仏。
弥勒は友情、友愛、慈愛などを意味するサンスクリット語の音写です。

弥勒菩薩はとおい未来,慈しみにより生あるものすべてをすくうという菩薩。
釈迦(しゃか)入滅後56億7000万年ののち,兜率天(とそつてん)から地上にくだり釈迦にかわって衆生を救済する。天での修行中を弥勒菩薩,未来仏としては弥勒如来(弥勒仏)と称する。日本には飛鳥(あすか)時代に伝来,平安時代には弥勒浄土信仰がさかんとなり,修験道にもとりいれられた。京都広隆寺の半跏(はんか)思惟像が有名。

造像例
弥勒菩薩像はインドでは水瓶を手にする像として造形されたが、中国においては、唐までは足を交差させ椅子に座る像として造像され、元・明時代以降は弥勒の化身とされた布袋として肥満形で表された。一方、飛鳥時代の日本では半跏思惟像として造像が行われた。椅坐して左足を下ろし、右足を上げて左膝上に置き、右手で頬杖を付いて瞑想する姿である。

大阪・野中寺の金銅像(重文)が「弥勒菩薩」という銘文をもつ最古の半跏思惟像である。京都の広隆寺弥勒菩薩像(木像)は特によく知られており、国宝に指定されている(→弥勒菩薩半跏思惟像)。ただし、半跏思惟像の全てが弥勒菩薩像であるとは限らない。平安時代鎌倉時代には、半跏思惟像は見られなくなり、立像や坐像として表されるようになる。京都・醍醐寺の快慶作の木像などがその作例である。

日本で広く目にされている弥勒菩薩像に、50円切手の図案がある。これは中宮寺の木造菩薩半跏像である。

弥勒如来像としては、前述の奈良の東大寺の木像(通称「試みの大仏」)(重文)や、当麻寺金堂の塑像(奈良時代、国宝)、興福寺北円堂の運慶一門作の木像(国宝)などが知られる。

・岩戸寺(丹波市
・京都 広隆寺 木造弥勒菩薩半跏像(通称「宝冠弥勒」)
・奈良 中宮寺
・大阪 野中寺
弥勒菩薩交脚像(東京国立博物館蔵)

 

➁水天の縁日 ☆彡毎月1日・5日・15日
毎月の5日だけの所もあります。

水天は十二天・八方天の一つで、水を司り、旱天・洪水の難を守るという竜神で、降雨を祈る「水天法」の本尊です。

※「水天」は、水に縁のある神様で「海運業・漁業・水商売」等を加護し、また「安産の守り神」ともされています。

総本社は福岡県久留米市の「水天宮」で、平家の一族と共に壇ノ浦に入水した「安徳天皇」と「建礼門院」が祀られています。

また、東京日本橋の「水天宮」は、水難除け・安産・水商売の守り神として有名です。
安産の神ということから戌の日にも参拝者が多く、特に戌年戌月戌日と縁日が重なると「大戌」といって珍重されます。
一方、密教では、西方を守護する神です。

★水天宮
水天宮(すいてんぐう)は、福岡県久留米市の水天宮(久留米水天宮)を総本宮とし、日本全国にある神社である。

 

●祭神
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、安徳天皇高倉平中宮建礼門院平徳子)、二位の尼平時子)を祀るが、これとは異なる祭神の水天宮もある。

●神徳・御利益・信仰
水と子供を守護し、水難除け、漁業、海運、農業、水商売、また安産、子授け、子育てについて信仰が厚い。水天宮の例大祭は5月5日であり、縁日は毎月5日(5日・15日・25日とすることもある)である。
これについて総本宮久留米水天宮では例大祭が5月5日であることから毎月の5日が縁日となったとしているが、東京の水天宮(人形町)では逆に毎月の5日が縁日であることから例大祭が5月5日となったとしている。また犬のお産が軽いことにちなみ、戌の日は安産祈願の人で賑わう。



➂気多大明神
気多大社(けたたいしゃ)


気多大社(けたたいしゃ、正式名:氣多大社)は、石川県羽咋市寺家町にある神社。式内社名神大社)、能登国一宮。旧社格国幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。旧称は「気多大神宮」。

概要
能登半島の付け根、羽咋市北方に日本海に面して鎮座する。祭神の大己貴命は出雲から舟で能登に入り、国土を開拓したのち守護神としてこの地に鎮まったとされる。古くから北陸の大社として知られ、中世・近世には歴代の領主からも手厚い保護を受けた。

現在は本殿など5棟の社殿が国の重要文化財に指定されているほか、国の天然記念物の社叢「入らずの森」で知られる。

祭神
祭神は次の1柱。
大己貴命(おおなむちのみこと)
鵜祭
鵜祭(うまつり)は、12月8日 - 16日に行われる古式な祭。大己貴命が高志の北島から鹿島郡の新門島に着いた時、この地の御門主比古神が鵜を献上したのが始まりとされる。祭で鵜を献上する人々は鵜捕部と呼ばれ鹿島郡鹿渡島という所に先祖代々住み、その役に仕えていた。

12月8日に鵜崖という場所に神酒・米・花などを供えた後、麻糸を付けた竹竿で鵜を捕らえるが手法には一子相伝の秘訣があるという。献上された鵜は社殿の階上に放され、宮司がそれを内陣に行くよう図るがその時の鵜の進み具合によって翌年の作物の豊凶を占う。進み方が芳しくない時は神楽や御祓いを行う。鵜が内陣の机の上にとまったら神官はそれを捕まえて、浜で放す。気多の鵜祭は能楽の曲目にもなっている。

御利益
縁結び専門祈願所「気麗むすびどころ」がある。毎月1日に「ついたち結び」が行われる。恋愛成就。
外敵の侵入を防ぎ内を固める。すべての凶を吉に変える。悪因縁を解消してくれる。
霊の能力、内面の力を引き出してくれる。



➃大原野大明神 京都大原野神社

大原野神社(おおはらのじんじゃ)は、京都府京都市西京区大原野にある神社。二十二社(中七社)の一社。旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社
奈良の春日社(現在の春日大社)から勧請を受けたもので、「京春日(きょうかすが)」の別称がある。

祭神
祭神は次の4柱(「春日神」と総称)で、春日大社と同じ。()内は春日大社での表記。
武御賀豆智命(武甕槌命
伊波比主命(経津主命
天之子八根命(天児屋根命
比咩大神(比売神

神聖な雰囲気に包まれた京春日
大原野神社は、784年に藤原乙牟漏によって創建された古社。
長岡京遷都の際、藤原氏氏神として奈良・春日大社の分霊を勧請したのが起源と伝わり、「京春日」とも呼ばれている。豊かな自然に囲まれた境内は、スイレンや紅葉の名所として知られており、数日間しか咲かないことから幻の桜といわれる「千眼桜」も見られる。

また、春日大社と同様に鹿が神使とされており、境内には珍しい鹿の像や、鹿のおみくじ・お守りといった授与品もある。

御利益
交通安全、旅行安全、病気平癒、家内安全、合格祈願、必勝祈願、会社安全、心願成就、無病息災、工事安全方除け、など

●桜の季節の見どころ
桜並木が続く参道を行くと、枝垂桜の古木「千眼桜」があります。開花して3日ほどで散ってしまうため、幻の桜と言われています。
【桜の本数】約60本

●紅葉の季節の見どころ
広大な境内には古の風情が漂い、色づいた紅葉がより一層美しく映えます。

 

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