終活・生活・再生日記 「夢幻」

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毎月30日の釈迦如来の縁日に因んで

毎月30日は釈迦如来の縁日です。

釈迦如来(しゃかにょらい、しきゃじらい)または釈迦牟尼仏は、仏教の開祖である釈迦(ゴータマ・シッダッタガウタマ・シッダールタ、瞿曇悉達多)を、仏(仏陀)として敬う呼び名である。

釈迦如来仏教の開祖。
釈迦如来はネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6-前5世紀に生まれる。
29歳で出家し苦行ののち悟りをひらき,インド各地で布教して80歳で没したとされる。
別称に釈迦牟尼(むに),釈尊。仏の十号のひとつ如来とは真理をさとった者の意で,仏や仏陀(ぶっだ)と同義。はじめ実在の釈迦をさしたが,入滅後,超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀,百済(くだら)(朝鮮)からその教えがつたわった。


◆釈迦如来像について
 「仏像」が造られ始めた約2000年前、「仏」と言えば「釈迦如来」のみでありましたので当然、仏像とは「釈迦如来像」のことでした。が、後に誕生し悟りを開いた「薬師如来阿弥陀如来大日如来」の像をも指すようになりました。それが今では「菩薩、明王、天部、羅漢、肖像」の像までを仏像の分野に入れております。それだけ、仏教は仏の数においては他の宗教に比べ抜群の多さを誇っております。

 釈迦如来の前身はインドのヒマラヤの麓に存在した一小国、釈迦族の王子でありましたので釈迦と言われました。別名の「釈尊」とは釈迦牟尼世尊を略したものです。また、釈迦族で一番尊い人でもあるので同じく釈尊と言われました。

 

 

◆釈迦如来像の特徴 
如来像には三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅごう)があると説明されます。これは32種の大きな特徴と80種の細かい特徴、計112の特徴があるという意味です。
 
分かりやすい例として次のような特徴があります。
・頂髻(ちょうけい)
・白毫(びゃくごう)
・右手を上げて左手を下げる
・質素な服
・蓮華の台座
 
コブのように頭の肉が盛り上がっている部分を頂髻(ちょうけい)と言います。髪の毛をまとめているのではなく、頭の肉が盛り上がっています。これは釈迦の知恵を表します。
 
白毫(びゃくごう)は眉間に1本の白い毛が右回りに巻かれているもので、これを延ばすと4m50cm程になります。白毫から光が放たれ世界を照らします。
 
仏像の手の形にはそれぞれ意味が込められており、釈迦如来では右手を上げ、左手を下げていることが多いです。右手は施無畏印(せむいいん)と言い、畏れを取り除いてくれる意味です。また、左手は与願印(よがんいん)と言い、望むものを何でも与えてくれる意味です。
 
釈迦如来は悟りを開いた後のブッダをモデルとしているので、出家して贅沢をしない姿を現すために質素な布を1枚着ているだけです。
 
泥の中から綺麗な花を咲かせる蓮に乗ることで、その仏像が綺麗な蓮の上の世界にいることを表します。
 


◆釈迦如来のご利益=悟りを開かせる事。 
ブッダの死後、悟りを開こうと修行に励んだ弟子たちが釈迦如来を崇拝していました。つまり、釈迦如来は悟りを開くためのご利益があるということになります。また、釈迦如来の左手が示すように望むものは何でも与えてくれるという意味も含まれています。
 
しかし、出家をした修行僧であっても悟りの境地にたどり着くことは難しい事でした。そのため、出家していない庶民は救われないことは間違っているという考えに至りました。そこで、誰でも救済される大乗仏教へと発展しました。
 
大乗仏教では誰にでもご利益が得られるという考えから、病気を治したり、知恵を授けたりする仏像が増えていきました。そのため、大乗仏教の登場より歴史の古い釈迦如来には、何かに特化したご利益は謳われていません。
 

 

大乗仏教
諸仏の一仏として
大乗仏教では、釈迦牟尼仏(釈迦如来)は十方(東南西北とその中間である四隅の八方と上下)三世(過去、未来、現在)の無量の諸仏の一仏で、現在の娑婆(サハー、堪忍世界)の仏である。また、三身説では仏が現世の人々の前に現れた姿であるとされている。


■釈迦如来の過去世
スメーダ(『ブッダワンサ(仏種生経)』『ジャータカ』)
燃燈仏のもとで修行していた行者。燃燈仏から、未来に仏陀になると予言される。
浄幢菩薩(『ラリタヴィスタラ(方広大荘厳経)』)
スメーダが輪廻転生を繰り返し、兜率天に生まれた姿。釈迦の前世。
長邦(『観世音菩薩往生浄土本縁経』)
バラモン僧。早離(そうり)、速離(そくり)という子がおり、それぞれ観音菩薩勢至菩薩となる。


造形化された釈迦如来
釈迦如来は、インド以来、広く仏教の流布した地域で造像されるようになった。その中心は、実在の釈迦の伝記としての仏伝を絵解き風に造形化したもの、あるいは、その一場面を単独で造像したものなどであった。

日本では、誕生像、苦行像、降魔像、説法像、涅槃像などとして造像が行なわれた。なかでも説法像が一番一般的な造形であり、説法印などによって、釈迦が法を説く姿を表現している。


室生寺の仏様

作例としては、奈良の法隆寺金堂、奈良の室生寺金堂、京都の蟹満寺の銅像、京都の大報恩寺の木像などが著名である。また、京都清凉寺の瑞像を模した清凉寺式釈迦如来も広範に流布している形式である。

釈迦三尊として祭壇に置かれる場合が多い。脇侍は文殊菩薩普賢菩薩が多い。法華宗日蓮宗では三宝尊(一塔両尊)の形式がとられることが多い。これは中心が題目の書かれた多宝塔(宝塔)で両脇に釈迦如来多宝如来が祭祀者から見て左右に並び、その下に僧としての日蓮像がある。


■釈迦と阿弥陀の違いと関係

●「釈迦如来」(ブッダ仏陀)は、『釈尊』とも呼ばれ、「コーダマ シッダルタ」がその本名。
インドの紀元前4世紀頃におられた実在の人物です。・・・なお、「仏陀(≒如来)」とは、悟りを開いた人という意味です。

 

●「阿弥陀如来」は、大乗仏教の創作上の「如来」です。
西方の「極楽浄土」という所で、比丘や比丘尼を説教・指導をしているとの設定です。


お釈迦さまは、地球上でただお一人、仏のさとりを開かれた方ですから、「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」といわれます。
弥陀と釈迦の関係は、師匠と弟子、先生と生徒に当たります

如来とは、仏のさとりをひらいた仏さまのことです。

 

如来とは「真如来現(しんにょらいげん)」を略したものです。真如の如と来現の来をとって、如来といいます。
真如とは、私たちが本当の幸せになれる大宇宙の真理のこと、来現とは、すべて体得したということで、最高のさとりをひらいた仏さまを「真如来現」、略して如来といいます。

浄土教という仏教宗派では、この釈迦・弥陀の二尊を供養しています。この点が、キリスト教をはじめとする一神教と根本的に異なります。

 

お釈迦様は、長い長い間修行し、この娑婆世界に人間の姿に生れ出ていらっしゃいました。そして、人間はじめ生き物たちが、悪事を働いては苦しみの世界に生まれ変わり、苛まれ、 そして苦労して多少良いところの世界に生まれ変わるのですが、また悪い事をして苦しみの世界に戻っていく、という現実を見抜かれました。これを因果応報(悪因悪果善因善果)による生死輪廻と言います。


一方、阿弥陀様は、まだ如来様になられる前には法蔵菩薩という修行者でした。そして、世自在王佛という仏様の許で、あらゆる世界を観察なさって、生死輪廻のサイクルの中で苦しんでいる生きとし生ける者たちを救い出したいと考えられて、48項目の誓いを立てられました。気の遠くなるような長い長い間、考え修行されて、その48願を成就させて如来様になられました。そして、現在も西の方の、遠い遠い所に極楽世界を作られ、そこに救われたいと願う者すべてを迎え入れていらっしゃるということです。


●釈迦如来の御利益は悟りを開かせる。


阿弥陀如来のご利益は、来世での救済。人類全体を極楽浄土に導くことです。

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