終活・生活・再生日記 「夢幻」

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毎月7日は三万燈明仏、千手観音、北野大明神、平野大明神、の縁日です。12月7日誕生日&忌日

毎月7日は①三万燈明仏➁千手観音➂北野大明神➃平野大明神の縁日です。


①三万燈明仏 さんまんとうみょうぶつ
三十日秘仏の七日仏。
両手とも燈明印を結んでいます。
二万燈明仏とも言われます。

 

➁千手観音 せんじゅかんのん
千手千眼観世音菩薩せんじゅせんげんかんぜおんぼさつといいます。千の手と千の眼は、慈悲の広大さと、救う手段の豊富さを表します。

冠についている顔は11面または27面あります。顔がいくつもあるのは、救う相手により一番効果的な接し方をすることを表します。

造形的には実際に千本の手を持つものと、代表的な42本を持つものとがあります。
手に持っているものは、出典によって多少の相違がありますが、一例を示すと次ようになります。胸の前で合掌している手を含めて42本です。

※千手観音(せんじゅかんのん)とは正しい名前は千手千眼観自在菩薩で、千本の手がありその手の掌には目が付いています。手は多くの人々に救済の手を差し伸べ、目は人々を教え導く知をあらわすとされています。このように千の手と目はどんな人達でも漏らさず救済しようとする広大無限の慈悲の心を表現しているのです。

 観音の中でも功徳が大きく、観音の中の王という意味で「蓮華王」と呼ばれることもあります。阿修羅や金剛力士などの二十八部衆を配下にしています。また六観音の一つに数えられ餓鬼道に迷う人々を救うといわれています。

●ご利益
 災難、延命、病気治癒などあらゆる現世利益にご利益があり、難産や夫婦円満、恋愛成就にも功徳があるとされています。また子年の守り本尊です。子年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

●千手観音(せんじゅかんのん)の像容
 通常は千本の手を42本の手に省略しています。頭の上には十一面観音と同じく十一面の顔があることが多いです。

千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
「サハスラブジャ」とは文字通り「千の手」の意味である。この名はヒンドゥー教ヴィシュヌ神シヴァ神、女神ドゥルガーといった神々の異名でもあり、インドでヒンドゥー教の影響を受けて成立した観音菩薩の変化身(へんげしん)と考えられている。六観音の一尊でもある。

三昧耶形は開蓮華(満開のハスの花。聖観音の初割蓮華と対をなす)、蓮華上宝珠。種子(種子字)はキリーク(hriiH)。
眷属として二十八部衆を従える。

◆「十一面千手観音」、「千手千眼(せんげん)観音」「十一面千手千眼観音」、「千手千臂(せんぴ)観音)」など様々な呼び方がある。「千手千眼」の名は、千本の手のそれぞれの掌に一眼をもつとされることから来ている。千本の手は、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大さを表している。

観音菩薩が千の手を得た謂われとして、伽梵達摩訳『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』がある。

この経の中に置かれた大悲心陀羅尼は現在でも中国や日本の天台宗禅宗寺院で読誦されている。六観音の一尊としては、六道のうち餓鬼道を摂化するという。また地獄の苦悩を済度するともいい、一切衆生を済度するに、無礙の大用あることを表して諸願成就・産生平穏を司るという。

千手観音の尊名は、前述の通り様々な呼び方がある。千手観音像の中には十一面ではなく二十七面につくる像もあり、必ずしも「十一面千手千眼観音」が正しいとは言いきれない。日本の文化財保護法による国宝、重要文化財の指定名称は「千手観音」に統一されている。

密教曼荼羅では観音像は「蓮華部」に分類されている。千手観音を「蓮華王」とも称するのは観音の王であるとの意味で、蓮華王院(京都の三十三間堂の正式名称)の名はこれに由来する。

◆日本における信仰と造像例
千手観音の造像例は、インドにはほとんど知られないが、中国では唐代の龍門石窟などに遺例がある。日本での千手観音信仰の開始は古く、空海が正純密教を伝える以前、奈良時代から造像が行われていた。東大寺には天平年間に千手堂が建てられたことが知られ、同寺の今はない講堂にも千手観音像が安置されていた。

日本における現存作例では、8世紀半ばの制作とされる葛井寺像が最古とされ、唐招提寺像も8世紀末~9世紀初頭の作品である。和歌山・道成寺秘仏北向本尊像の胎内からは大破した千手観音像が発見されているが、これは道成寺草創期の本尊と思われ、奈良時代に遡るものである。

その他、千手観音をまつる著名寺院としては、清水寺三十三間堂、西国札所の粉河寺などがある。京都・清水寺本尊(立像)は、33年に一度開扉の秘仏で、42本の手のうちの2本を頭上に挙げて組み合わせる独特の形をもち、「清水型」といわれている。同じ清水寺の奥之院本尊の秘仏千手観音像は珍しく27面をもつ坐像である。

1、宝珠=財宝を得る
2、羂索=安穏を得る
3、宝鉢=腹病を治す
4、宝剣=悪魔を退ける
5、三鈷=魔を除く
6、金剛杵=怨敵をくじく
7、施無畏印=怖れを去る
8、日精摩尼(玉・太陽)=闇を照らす
9、月精摩尼(玉・月)=熱や毒の病をいやす
10、宝弓=栄官を増す
11、宝箭=良き友に巡り会う
12、楊柳=病難を除く
13、払子=色々な障りや塵を去る
14、胡瓶=水をそそいで平和を得る
15、傍俳(額)=獣の難をさける楯
16、鉄斧=官難を除き平和をもたらす
17、玉環=よき従者を得る
18、自蓮花=功徳を得る
19、青蓮花=十方浄土に往生する
20、宝鏡=智恵の眼
21、紫蓮花=十方浄土の諸仏を見る
22、宝篋=地中に隠れたものを得て冥福を得る
23、五色雲=神仙道をうる
24、唐瓶=梵天に生ずる
25、紅蓮華=諸天に生ずる
26、戦鞘=逆賊を除く
27、ほら貝=善神を招く
28、ドクロ=鬼神を降伏する
29、数珠=仏手を蒙る
30、宝鐸(鈴)=音声を得る
31、宝印=色々な弁説
32、鉄鈎=龍神を伏す
33、錫杖=善心を発する
34、合掌=諸人に慕われる
35、化仏=仏
36、宮殿=胎蔵
37、宝経=善いことを多く聞く
38、金輪=菩提心
39、頂上化仏=仏
40、蒲桃=五穀豊穣


◆日本における代表的な千手観音像
福島・恵隆寺像(立像)(重文)
京都・清水寺本尊像(立像)
京都・清水寺奥之院本尊像(坐像)(重文)
京都・三十三間堂本尊像(坐像)(国宝)
京都・三十三間堂像(1,001体、立像)(重文)
京都・東寺旧食堂像(立像)(重文)
京都・広隆寺旧講堂像(立像)(国宝)
京都・法性寺像(立像) (国宝)
京都・峰定寺像(坐像)(重文)
大阪・葛井寺本尊像(坐像)(国宝)
奈良・唐招提寺金堂像(立像)(国宝)
奈良・興福寺旧食堂像(立像)(国宝)
三重・太江寺像(坐像)(重文)
和歌山・道成寺本尊像(立像)(国宝)
福岡・大悲王院像(立像)(重文) 


北野大明神 北野天満宮
北野天満宮(きたのてんまんぐう)は、京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社。神紋は「星梅鉢紋」。
通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。福岡県太宰府市太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、当社から全国各地に勧請が行われている。近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めている。

祭神
祭神は以下の3柱。
主祭神
菅原道真
相殿神
中将殿 - 菅原高視(道真長子)を指す
吉祥女 - 道真正室を指す

歴史
延喜3年(903年)、菅原道真が無実の罪で配流された大宰府で没した後、都では落雷などの災害が相次いだ。これが道真の祟りだとする噂が広まり、御霊信仰と結びついて恐れられた。そこで、没後20年目、朝廷は道真の左遷を撤回して官位を復し、正二位を贈った。天慶5年(942年)、右京七条に住む多治比文子(たじひのあやこ)という少女に託宣があり、5年後にも近江国の神官の幼児である太郎丸に同様の託宣があった。それに基づいて天暦元年6月9日(947年)、現在地の北野の地に朝廷によって道真を祀る社殿が造営された。後に藤原師輔(時平の甥であるが、父の忠平が菅原氏と縁戚であったと言われる)が自分の屋敷の建物を寄贈して、壮大な社殿に作り直されたと言う。

御利益
【学業成就】
祭神である菅原道真公は、優秀な文人であったことから学問の神として慕われ、受験シーズンには合格祈願に訪れる学生で境内は賑わいます。北野天満宮の境内にはたくさんの牛の像(「なで牛」)が見られますが、牛は天神さんのお使いといわれ、この牛の頭をなでると頭がよくなるといわれています。

北野天満宮は ”学問の神様”として有名な平安時代の学者・菅原道真を祀る神社。

 全国にある天満宮の中でも、九州の大宰府天満宮とともに代表的な神社として信仰を集めています。

北野天満宮のご利益
【学業成就】
祭神である菅原道真公は、優秀な文人であったことから学問の神として慕われ、受験シーズンには合格祈願に訪れる学生で境内は賑わいます。北野天満宮の境内にはたくさんの牛の像(「なで牛」)が見られますが、牛は天神さんのお使いといわれ、この牛の頭をなでると頭がよくなるといわれています。

【大黒天の燈籠】
三光門を出て左側に、大黒さまが彫られた石燈籠があります。この大黒さまの口(頬の穴?)に小石をのせて落ちなければ、その小石を財布に入れて祈るとお金に困らないといわれています。たくさんの方がチャレンジされたのか、穴は磨り減ってしまっています。壊さないように注意しながらお試しください。

【伴氏社】
祭神は、菅原道真公の母君。暖かい愛情と厳しいまなざしをもって道真公を育てたといわれる道真公の母君を祀る伴氏社は、子供の成長と学業成就を守護するご神徳があるといわれ、子供の健やかな成長を願うお母さま方の厚い信仰を集める社です。

【文子天満宮
菅原道真公は失意の中で大宰府で生涯を閉じましたが、その後京の都は疫病などの災厄が流行、道真公のたたりであると人々は恐れました。
942年(天慶5)、右近七条坊に住む多治比文子という娘に道真公の神霊より、「わが魂を右近馬場に祭れ」とのお告げがありました。文子にはとても右近馬場にお社を建てる力がなかったので、とりあえず自宅に小さな祠を建て、道真公の御霊をお祀りしました。これが文子天満宮であり、北野天満宮の発祥といわれています。
文子天満宮には、道真公が祀られ、入試・学徳成就のご利益があるといわれています。

地主神社
北野天満宮創建以前よりこの地に鎮座する、境内で最も古い神社。主祭神天神地祇は、日本国内六十余国に祀られたすべての神々のことで、相殿の3人の皇子はいずれも道真公の血縁やゆかりの深い方々です。招福、交通安全、諸願成就のご神徳を授けていただけます。

 

➃平野大明神 京都平野神社
平野神社(ひらのじんじゃ)は、京都府京都市北区平野宮本町にある神社。式内社名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。神紋は「桜」。

祭神
現在の祭神は次の4柱。一番北の第一殿から順に1殿1柱ずつ祀られている。
第一殿:今木皇大神(いまきのすめおおかみ、今木神) - 主神。
第二殿:久度大神(くどのおおかみ、久度神)
第三殿:古開大神(ふるあきのおおかみ、古開神)
第四殿:比売大神(ひめのおおかみ、比売神/比咩神)

◆概要
京都市北部、平安京大内裏(平安宮)から北方の平野の地に鎮座する神社である。平安京遷都頃まで創建が遡るとされる神社で、近年の研究によると、元々は桓武天皇生母の高野新笠の祖神(桓武天皇外戚神)として平城京に祀られた神祠であったが、それが平安京遷都に伴って大内裏近くに移し祀られたことに始まると推測されている。

古代には皇太子守護の性格を持ち、平安時代には例祭「平野祭」において皇太子自らにより奉幣が行われた。また、多くの臣籍降下氏族から氏神として歴史的に崇敬された神社としても知られる。

現在の本殿は4殿2棟からなり、いずれも「平野造」とも称される独特の形式の造りで、国の重要文化財に指定されている。そのほかに拝殿・中門・南門・摂社縣神社は、京都府から文化財指定・登録を受けている。境内は桜の名所として知られ、夜桜の様子は「平野の夜桜」と称されることで知られる。

平野神社と言えば桜である。境内には400本もの桜が植えられており、随所に桜があしらわれている。よって、女性的な神社という印象を受ける。


◆御利益
家内安全 家族の安全を願います。

十三詣 生まれた年の干支が返ってくる節目の年(数え年の13歳)に神仏へお詣りし、福徳、知恵を授かる行事です。

商売繁盛 家業、会社の益々の発展を祈願します。

開運招福 運が開き豊かな生活をすごせるように願います。

安全祈願 様々な安全を祈願します。

災難除け 日常の生活に降りかかる災難から護って頂くようにお祈りします。

誕生祭 この世に生まれてきたことを神様や先祖、両親に感謝し、今後も健康で幸せな日々を過ごせることを願います。

結婚記念祭 記念日を迎えたことを感謝しお祝いします。25周年銀婚式、50週年金婚式は特に盛大に行われます。 

旅行安全 旅の安全を祈願します。

良縁祈願 良き縁に巡り合えるように祈願します。

身体健固 健康でいられることを感謝し、この先も健康で活力のある体であるように祈願します。

病気平癒 病気の回復を祈願します。

安産祈願 子宝に恵まれたことを感謝し、安産を願います。またお産の軽い戌(いぬ)にあやかり、戌の日にお詣りする信仰もあります。

合格祈願 受験や就職、資格等の合格を祈願します。

学業成就 更なる学業向上を願います。


交通安全及び自動車清祓 車、バイク、自転車などをお祓いをし、交通安全を祈願いたします。


西大路七福社ご利益めぐり

 西大路は、京都市の西域を金閣寺の前から十条通りまで南北に通っており、東大路と対になる大通りです。平安時代西大路通は、平安京の中心である朱雀大路にほど近く、野寺小路と呼ばれた道幅12メートルにもなる都のメインストリートでした。

この西大路をはさんだ東西両側に、古くから歴史と由緒・格式をもつ神社が七社あり、初春にこれら七社に参拝して朱印を受ける行事が、「西大路七福社ご利益めぐり」です。

全行程約7キロの西大路をまっすぐに進む比較的わかりやすい順路であり、ゆっくり歩いてめぐっても1日で参拝できることや、学問、安産から開運出世、延命長寿までの人生の節目ふしめを守ってくださる神様のご利益がいただけます。

 有名社寺が集積する東大路界隈にくらべ余り知られていない西大路界隈の歴史を多くの人に知ってもらおうと、昭和58年からはじまり30年以上続く行事です。

・開催期間:元旦より2月末日 

 

 

☆彡12月7日誕生日
1598年ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ (伊:彫刻家,建築家,画家)Giovanni(Gian) Lorenzo Bernini[1680年11月28日歿]

1823年レオポルト・クロネッカー (独:数学者(楕円関数論,代数方程式論,代数的数論))
Leopold Kronecker[1891年12月29日歿]

1827年西郷隆盛 (政治家,軍人,明治維新の元勲)新暦1828/01/23[1877年9月24日歿]

1863年ピエトロ・マスカーニ (伊:オペラ作曲家『カバレリア・ルスティカーナ』)
Pietro Mascagni[1945年8月2日歿]

1872年ヨハン・ホイジンガ (蘭:文化史家,文明批評家)Johan Huyzinga[1945年2月1日歿]

1873年木暮理太郎 (登山家)[1944年5月7日歿]

1878年與謝野晶子 (歌人,詩人『みだれ髪』)[1942年5月29日歿]

1888年草鹿任一 (海軍軍人)[1972年8月24日歿]

1889年ガブリエル・マルセル (仏:哲学者,劇作家)Gabriel Marcel[1973年10月8日歿]

1892年ヴィトー・コルレオーネ (小説登場人物(『ゴッドファーザー』))Vito Corleone[1955年7月29日歿]

1896年郁達夫 (中国:小説家『沈淪』『春風沈酔の夜』)[1945年8月29日歿]

1903年瀧口修造 (詩人,美術評論家,造形作家)[1979年7月1日歿]

1912年舟越保武 (彫刻家『長崎二十六殉教者記念像』)[2002年2月5日歿]

1915年イーライ・ウォラック (米:俳優)Eli Wallach[2014年6月24日歿]

1916年小澤辰男 (衆議院議員[元],建設相(36代),厚相(60代),環境庁長官(6代))[2013年10月13日歿]

1924年河竹登志夫 (演劇学者)[2013年5月6日歿]

1927年辻信太郎 (経営者,サンリオ創業)
1928年ノーム・チョムスキー (米:言語学者,生成文法論創始)Avram Noam Chomsky

1930年新谷ひろし (俳人)
1930年俵萌子 (評論家,エッセイスト)[2008年11月27日歿]

1934年田名部匡省 (衆議院議員[元],参議院議員[元],農水相(17代))

1935年飯塚よし照 (漫画家)
1943年青山良彦 (俳優)

1946年前田正 (衆議院議員)[2013年10月28日歿]

1948年森下洋子 (バレエダンサー)

1949年さだやす圭 (漫画家『ああ播磨灘』)

1949年トム・ウェイツ (米:シンガーソングライター)Thomas(Tom) Alan Waits

1953年水谷新太郎 (野球(内野手))

1953年斉田石也 (小説家)
1954年古舘伊知郎 (タレント,アナウンサー[元](テレビ朝日))

1955年朝香じゅん (女優(宝塚歌劇[元](61期)))

1956年鳳凰倶往 (相撲)[2013年1月16日歿]

1957年高橋克法 (参議院議員)

1957年森博嗣 (推理小説家)

1959年すぎ恵美子 (漫画家)[2007年2月10日歿]

1961年滝本晃司 (ミュージシャン(たま[解散]/ヴォーカル・ベース))

1961年尾城九龍 (編曲家)

1963年シェーン・マック (米:野球(外野手))Shane Lee Mack

1963年角田美喜 (ミュージシャン(SHOW-YA/ギター))

1964年菊地英昭 (ミュージシャン(THE YELLOW MONKEY/ギター))

1965年香川照之 (俳優)

1965年植田至紀 (衆議院議員[元])

1965年尾美としのり (俳優)

1966年伊藤かずえ (女優)

1967年ティノ・マルティネス (米:野球(内野手))Tino Martinez

1968年勇直子 (女優)

1971年林泰文 (俳優)

1972年ヘルマン・マイヤー (墺:スキー)Hermann Maier

1973年ホーキング青山 (お笑い芸人)

1973年高木大成 (野球(内野手))

1974年いしだ壱成 (俳優,石田純一の子)

1975年松尾諭 (俳優)

1975年倉垣翼 (プロレス)

1975年鈴木拓 (お笑い芸人(ドランクドラゴン))

1978年さとうやすえ(佐藤康恵) (モデル,女優)

1979年藤谷文子 (女優,スティーヴン・セガールの子)

1980年佐藤友哉 (小説家)

1981年荒井万里絵 (フィギュアスケート[元])

1981年深野琴美 (女優)

1984ロバート・クビサ (ポーランド:レーサー(F1))Robert Kubica

1989年ニコラス・ホルト (英:俳優)Nicholas Hoult

1994年羽生結弦 (フィギュアスケート)

 

 

☆彡12月7日忌日
BC43年マルクス・トゥッリウス・キケロ (ローマ:雄弁家,政治家,哲学者) <63歳>Marcus Tullius Cicero暗殺[BC106年1月3日生]

283年エウティキアヌス (ローマ教皇(27代))St. Eutychianus

721年元明天皇(阿閇皇女,日本根子天津御代豐國成姫天皇) (天皇(43代))<61歳>

983年オットー2世 (神聖ローマ皇帝,ドイツ王(ザクセン朝3代)) <28歳>Otto II[955年生]

1254年インノケンティウス4世 (ローマ教皇(180代))Innocentius IV

1367年足利義詮 (室町幕府将軍(2代)) <数え38歳>[1330年6月18日生]

1894年フェルディナン・ド・レセップス (仏:外交官,スエズ運河開鑿) <89歳>
Ferdinand Marie Vicomte de Lesseps[1805年11月19日生]

1902年佐野常民 (日本赤十字社創立,元老院議員,農商務相(9代)) <79歳>[1822年12月28日生]

1906年エリー・デュコマン (スイス:編集者,常設国際平和局初代事務局長) <73歳>
Élie Ducommun1902年ノーベル平和賞[1833年2月19日生]

1946年川上貞奴 (女優,川上音二郎の妻) <75歳>[1871年7月18日生]

1947年ニコラス・バトラー (米:教育家,カーネギー国際平和基金の設立に尽力) <85歳>
Nicholas Murray Butler1931年ノーベル平和賞[1862年4月2日生]

1958年正岡容 (小説家,随筆家,寄席芸能研究家) <53歳>[1904年12月20日生]

1966年7代目一龍斎貞山 (講談師) <59歳>[1907年6月2日生]

1969年フランク・オドール (米:野球(外野手・監督),日本の野球発展に貢献) <72歳>
Francis ”lefty” Joseph O'Doul2002年野球殿堂[1897年3月4日生]

1973年平田春一 (歌人) <79歳>[1894年11月28日生]
1975年塚原俊郎 (衆議院議員,労相(31代)) <65歳>[1910年10月2日生]

1977年金丸重嶺 (写真家) <77歳>[1900年7月10日生]

1978年観世寿夫 (能楽師(観世流シテ方)) <53歳>[1925年11月12日生]

1982年早川崇 (衆議院議員,厚相(58代),労相(25・26代),自治相(6代),国家公安委員長(15・16代)) <66歳>[1916年8月21日生]

1984大川橋蔵 (俳優) <55歳>[1929年4月9日生]

1993年ヴォルフガング・パウル (独:物理学者) <80歳>Wolfgang Paul1989年ノーベル物理学賞[1913年8月10日生]

1998年マーティン・ロッドベル (米:生化学者,G蛋白質の情報中継機構を提唱) <73歳>
Martin Rodbell1994年ノーベル生理学医学賞[1925年12月1日生]

1998年宮川雅青 (演出家)<90歳>
1998年中武和豊 (タレント)<19歳>交通事故
2001年小松崎茂 (イラストレーター) <86歳>[1915年2月14日生]

2001年木村睦男 (参議院議員,参議院議長(15代),運輸相(46代)) <88歳>[1913年7月29日生]

2012年石井道子 (参議院議員[元],環境庁長官(34代)) <79歳>[1933年2月5日生]

2013年すまけい (俳優) <78歳>[1935年9月4日生]

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