終活・生活・再生日記 「夢幻」

生と死と再生&感謝、祈り・絆、縁日、雑感等についてお知らせしています。

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毎月19日は、日光菩薩、馬頭観音、七面大明神、聖真子権現、兵主大明神の縁日&ブッダの言葉 

毎月19日は、➀日光菩薩、➁馬頭観音、➂七面大明神➃聖真子権現➄兵主大明神の縁日です。

日光菩薩 にっこうぼさつ
三十日秘仏の十九日仏。

単独で祀られることはなく、薬師如来の左脇仕として祀られます。
日の光で人間の煩悩を照らし、仏の英知を授けます。
日光菩薩(にっこうぼさつ)は、仏教における薬師如来の脇侍としての一尊であり、月光菩薩と共に薬師三尊を構成している菩薩のことである。日光遍照菩薩あるいは日光普照菩薩とも呼ばれ、薬師仏の左脇に侍する。

『薬師経』に依れば、日光菩薩は、一千もの光明を発することによって広く天下を照らし、そのことで諸苦の根源たる無明の闇を滅尽するとされる。
造形上は、月光菩薩と対になるように、対称的に造形される。つまり、日光菩薩が右腕を上げ左腕を垂らす場合は、月光菩薩が左腕を上げて右腕を垂らすといった姿形がとられる。また、その上げた方の手の親指と人差指で輪を作る作例が多い。さらに、宝冠と持物に太陽を表す標幟を表現することも多い。

日本における作例としては、奈良市薬師寺金堂の薬師三尊像の脇侍立像(銅造、国宝)がよく知られる。奈良や京都およびその周辺地に残る日光菩薩像は、飛鳥時代から奈良時代にかけて造立されたものも数多く残るが、関東に残るものは平安時代後期から鎌倉時代頃の作である。

 

馬頭観音ばとうかんのん
馬頭観音とは仏教の菩薩の一尊。六観音の一尊にも数えられている。衆生の無智や煩悩を排除し、諸悪を毀壊する菩薩である。

馬頭観音(ばとうかんのん / めづかんのん)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。

観音としては珍しい忿怒の姿をとるとも言われ、柔和相と憤怒相の二つの相をもつが、日本では柔和相の姿はあまり知られておらず作例も少ない。
そのため、通例として憤怒相の姿に対しても観音と呼ぶことが多いが、密教では、憤怒相の姿を区別して馬頭明王とも呼び、『大妙金剛経』に説かれる「八大明王」の一尊にも数える。

像容
経典によっては馬頭人身の像容等も説かれ、胎蔵界曼荼羅にも描かれるが、日本での仏像の造形例はほとんどない。立像が多いが、坐像も散見される。頭上に馬頭を戴き、胸前では馬の口を模した「根本馬口印」という印相を示す。剣や斧、棒などを持ち、また、蓮華のつぼみを持つ例もある。剣は八本の腕のある像に多い。

石川県・豊財院の木造立像や、福井県・馬居寺(まごじ)の木造坐像は平安時代の後半にまで遡る作例である。また、福岡・観世音寺の木造立像は高さ5メートルに及ぶ大作で、日本の馬頭観音像の代表例と言える。京都・浄瑠璃寺の木造立像は、鎌倉時代の南都仏師らの手になる作例である。

寺院
西明寺(栃木県:六観音) - 木造「馬頭観音立像」、鎌倉時代
輪王寺(栃木県) - 木造「馬頭観音立像」、三面八臂、1565年。
行沢観音堂(群馬県) - 木造「馬頭観音立像」、三面六臂、鎌倉後期。
橋立堂(埼玉県) - 木造「馬頭観音坐像」、三面六臂鎌倉時代秩父三十四観音霊場・28番札所。
願定院(千葉県) - 木造「馬頭観音立像」、一面二臂、室町時代(1558年以前)。
蓮華堂(千葉県) - 紙本著色「馬頭観音像」(赤観音)、一面八臂、江戸時代。
浅草寺駒形堂(東京都) - 木造「馬頭観音立像」、三面六臂
豊財院(石川県) - 木造「馬頭観音立像」、三面六臂、11世紀後半。
中山寺福井県) - 木造「馬頭観音坐像」、三面八臂、鎌倉時代
馬居寺(福井県) - 木造「馬頭観音坐像」、三面八臂、12世紀。
東観音寺(愛知県) - 懸仏「馬頭観音坐像」、三面六臂、1271年、沙弥成仏作。
補陀寺(愛知県) - 木造「馬頭観音立像」、三面六臂、12世紀。
山門公民館(滋賀県) - 木造「馬頭観音坐像」、三面六臂、11世紀。
浄瑠璃寺京都府) - 木造「馬頭観音立像」、三面八臂、1241年。
大報恩寺京都府) - 木造「馬頭観音立像」(六観音)、三面六臂、1224年、肥後別当定慶作。
松尾寺(京都府) - 木造「馬頭観音坐像」、三面八臂、平安後期、西国三十三所・29番札所。
金剛寺島根県) - 木造「馬頭観音坐像」、三面二臂、11世紀。
観世音寺(福岡県) - 木造「馬頭観音立像」、四面八臂、1126-1130年。
殿原寺(佐賀県) - 木造「馬頭観音立像」、三面八臂、12世紀。
長安寺(大分県) - 銅筥板「馬頭観音図」、三面八臂、12世紀。

◆美術館等
ボストン美術館 - 絹本著色「馬頭観音図」、12世紀中頃。
ギメ美術館 - 絹本著色「蓮華部八尊曼荼羅」(敦煌画)、紙本「馬頭観音図」(敦煌画)。
奈良国立博物館 - 木造「馬頭観音坐像」、12世紀。
陜西省博物館(中国) - 白大理石製「馬頭観音坐像」、770年頃。
台北国立故宮博物院(台湾) - 『梵像圖』・「六臂観音」(赤観音)、1180年頃。
吉林省博物館(中国) - 『法界源流圖』・「六臂観音」(赤観音)、1767年。
北京故宮博物院(中国) - 金銅「馬頭金剛立像」、明代。

 

七面大明神(しちめんだいみょうじん)七面天女
七面大明神(しちめんだいみょうじん)は、七面天女とも呼ばれ日蓮宗系において法華経を守護するとされる女神。

七面大明神とは日蓮宗系の仏教の宗派において法華経を守護するとされる女神。七面天女とも呼ばれている。右に施無畏の鍵を、左には如意珠の玉を持つとされ、山梨県の七面山に住むとされている。

七面天女は当初、日蓮宗総本山である身延山久遠寺の守護神として信仰され、日蓮宗が広まるにつれ、法華経を守護する神として各地の日蓮宗寺院で祀られるようになった。
その本地は、山梨県南巨摩郡早川町にある標高1982mの七面山山頂にある寺(敬慎院)に祀られている神で、吉祥天とも弁財天ともいわれる。伝説によると、日蓮の弟子の日朗と南部實長公が登山して、永仁五年(1297年)九月十九日(旧暦)朝に七面大明神を勧請したと言われている。

七面山は、古来より修験道が盛んな山で、山頂にある大きな池のほとりには池大神が祀られている。その姿は役の小角の姿である。日蓮聖人の時代以前から、すでに七面山には山岳信仰の形態の一つとしての池の神の信仰があった。日蓮より二百年余りの昔、京都の公卿の姫が業病にかかった際、厳島明神の「甲斐の国 波木井郷の水上に七つ池の霊山あり。その水にて浄めれば平癒せん」というお告げを受けて癒された姫君説話の舞台でもある。

七面天女は、その昔、日蓮大聖人が説法されている時に、美しい少女に化身して聴聞にあらわれ、見破られると身延山の守護を約束して、蛇身に変じて七面山に帰っていったというお話が残っています。
ご利益(功徳)
法華経守護、行者守護、寺院興隆、除病 病気平癒
縁日は毎月18日もしくは19日である。

➃聖真子権現 しょうしんしごんげん(現在=日吉大社宇佐宮)
山王権現とは、日枝山(比叡山)の山岳信仰神道天台宗が融合して成立した、延暦寺鎮守神である。また、日吉大社の祭神を指すこともある。
山王権現は、比叡山の神として、「ひよっさん(日吉さん)」とも呼ばれ、日吉大社総本宮とする、全国の比叡社(日吉社)に祀られた。また、「日吉山王」とは、日吉大社延暦寺とが混然としながら、比叡山を「神の山」として祀った信仰の中から生まれた呼び名とされる


➄兵主(ひょうす)大明神(大日如来不動明王)滋賀兵主神社
兵主大社(ひょうずたいしゃ)は、滋賀県野洲市にある神社である。式内社名神大社)で、旧社格は県社。正式名称は兵主神社であるが、普段は「兵主大社」を称している。
八千矛神(やちほこのかみ)(大国主神)を主祭神とし、手名椎神・足名椎神を配祀する。
「兵主」の神を祀る神社は日本全国に約50社あり、延喜式神名帳には19社記載されているが、その中で名神大社は当社と大和国穴師坐兵主神社壱岐国兵主神社のみである。
兵主神社の庭園は、平安時代後期の作といわれており、国の名勝に指定されています。
歴史
社伝「兵主大明神縁起」によれば、景行天皇58年、天皇は皇子・稲背入彦命に命じて大和国穴師(奈良県桜井市、現 穴師坐兵主神社)に八千矛神を祀らせ、これを「兵主大神」と称して崇敬した。近江国・高穴穂宮への遷都に伴い、稲背入彦命は宮に近い穴太(滋賀県大津市坂本穴太町)に社地を定め、遷座した。欽明天皇の時代、播磨別らが琵琶湖を渡って東に移住する際、再び遷座して現在地に社殿を造営し鎮座したと伝え、以降、播磨別の子孫が神職世襲している。
延喜式神名帳では名神大社に列し、治承4年(1180年)には正一位勲八等兵主大神宮の勅額が贈られている。
中世には、「兵主」を「つわものぬし」と読むことより、武士の厚い信仰を得た。中でも源頼朝足利尊氏による神宝の寄進・社殿造営があり、社宝として残されている。また、江戸時代には、徳川将軍家から社領の寄進を受け、厚い保護を受けた。
ここ兵主大社には鳥居前と神殿前に各2対の狛犬がいます。そして神殿の狛犬には体中に白い布が!
古来より、痛む身体を軽くしてもらおうと、狛犬を撫でたり白い布をまいたりする風習があります。狛犬の魔力を借りた願掛けですね。
ここ野洲でもその風習が残り、御利益があると多くの参拝客が白布を巻いていきます。是非皆さんも狛犬の魔力を感じてくださいね。ではその方法をご紹介します。
本殿前に置かれている白布に名前・住所・祈願を書き入れ、心を込めて狛犬に巻きます。
兵主大社は特に手・足・腰に御利益があると伝わり、これも武将に崇拝された理由かもしれませんね。
口を大きく開けている「獅子」頭に角がある「狛犬」どちらに巻き付けるのもOKですよ。知恵を授かるようにと頭にもたくさん巻かれています。

 


☆彡今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『君の怒りが傷つけているもの』

相手がだれであっても、うっかり怒りにわれを忘れ、攻撃的なことを言わない練習。

そんな言葉を投げつけるなら、報復の爆弾が君に投げ返されるだろう。

「貴方の優柔不断なところがイヤなの」等と、相手の一番痛いところをチクッと刺すなら、

言われた相手に怒りが伝染し、相手も又君が一番言われたくない言葉を返してくる。

「貴方こそ自分で決められない癖に」と。

 こういった興奮から生じる言葉は、言われるのは勿論、言う時にも、自分自身の心を傷つけ、体を疲れさせる。


法句経133

 

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月18日は、観世音菩薩、鬼子母神、七面大明神、小比叡権現、三上大明神、の縁日&ブッダの言葉 

毎月18日は➀観世音菩薩➁鬼子母神七面大明神小比叡権現➄三上大明神の縁日です。

 

➀観音の縁日 :
毎月18日は「観音の縁日」で、この日が一年で最後の「観音様の縁日」(納め観音)の日です。

「観世音菩薩」の縁日です。※1月18日が「初観音」。


観音の縁日は観音講に由来するといわれ、京都・「清水寺」の清水講は特に有名です。
観世音菩薩は、慈悲深い徳があって、大慈大悲で衆生を済度するのを本願とし、世の衆生の求めに応じて大慈大悲を垂れ、三十三身に身を現じると言われる勢至菩薩と共に阿弥陀如来の脇侍です。
7月10日は、千日詣(四万六千日)と称し、この日に参詣すれば特別な功徳があるといわれます。
観音信仰の寺院としては、西国三十三所「観音霊場」や東京「浅草寺」、千葉「笠森観音」、奈良「長谷観音」、高崎「石原清水観音」等が有名で、また、「京都七観音(革堂、川崎大師、吉田寺、清水寺六波羅蜜寺、六角堂、蓮華王院」)は現在でも七観音詣が盛んに行われ、東京でも、これにならって「浅草七観音」があります。

 

★観世音菩薩 かんぜおんぼさつ
十三仏の百ケ日導師。三十日秘仏の十八日仏。
単独で祀られることも多いが、勢至菩薩と同様、阿弥陀様の脇侍きょうじとして阿弥陀三尊でまつられます。阿弥陀様の助手的な働きを担当します。
阿弥陀様の化身と考えられ、冠に阿弥陀様の化仏を付けているのが特徴です。
施無畏者せむいしゃ救世菩薩くせぼさつ救世浄聖くせじょうしょう蓮華手れんげしゅ普門ふもん大悲聖者だいひしょうじゃなどいろいろな呼び名があります。
千手観音、如意輪観音、十一面観音、三十三観音など色々ありますが、一面二臂の聖観音が基本です。
※仏様の手を数えるときは臂(ひ)といいます。例えば顔が3つで手が6本のときは三面六臂といいます。
『納めの観音』 :

 

鬼子母神の縁日 :
「鬼子母(きしぼ)神」は仏教諸神の一つです。

 

※「鬼子母」は、500人(一説に千人又は一万人)の子の母でありながら性質邪悪で、常に人の子を捕えて食べて仕舞う為、仏は彼女が最も愛していた末子、愛好をを隠して戒め、仏教に帰依させたといわれます。
以後、求児・安産・幼児保育など(時として盗難除の守護)の祈願を叶える「仏法の護法神」となり信仰されています。
その像は、天衣瓔珞をつけ、子供を一人懐に抱いて、右手に吉祥果(ざくろ)を持ちます。
ざくろは人肉に似た味がするといわれます。
東京・入谷の「おそれいりやの鬼子母神」が有名です。


鬼子母神 きしもじん
鬼子母は夜叉神の娘で、鬼の妻となり子供をたくさん産みました。性質は荒く、小さな子供たちを食べるので、人々から恐れられていました。
お釈迦様は、これを戒めるため鬼子母の末っ子を隠し、子を失う悲しみを説きました。それいらい鬼子母は善神となりました。
鬼子母神、愛子母、歓喜母、功徳天などと呼ばれ、子授け、安産の神様です。
鬼ではなくなったので、鬼子母神の鬼の字は、鬼の角にあたる頭の点を取った字を使います。
鬼子母は法華経信者を守るという話があるので、日蓮宗の寺によく祀られています。
サンスクリット語の名前はハリティー。訶梨帝または訶梨底かりていと書きます。古代インド神話に出てくる羅刹らせつ=女の鬼です。
生んだ子供は500人、千人、1万人、といろいろな説があります。

 

七面大明神

七面大明神(しちめんだいみょうじん)は、七面天女とも呼ばれ日蓮宗系において法華経を守護するとされる女神。

 

七面天女は当初、日蓮宗総本山である身延山久遠寺の守護神として信仰され、日蓮宗が広まるにつれ、法華経を守護する神として各地の日蓮宗寺院で祀られるようになった。
その本地は、山梨県南巨摩郡早川町にある標高1982mの七面山山頂にある寺(敬慎院)に祀られている神で、吉祥天とも弁財天ともいわれる。伝説によると、日蓮の弟子の日朗と南部實長公が登山して、永仁五年(1297年)九月十九日(旧暦)朝に七面大明神を勧請したと言われている。
七面山は、古来より修験道が盛んな山で、山頂にある大きな池のほとりには池大神が祀られている。その姿は役の小角の姿である。
日蓮聖人の時代以前から、すでに七面山には山岳信仰の形態の一つとしての池の神の信仰があった。
日蓮より二百年余りの昔、京都の公卿の姫が業病にかかった際、厳島明神の「甲斐の国 波木井郷の水上に七つ池の霊山あり。その水にて浄めれば平癒せん」というお告げを受けて癒された姫君説話の舞台でもある。
縁日は毎月18日もしくは19日である。

 

小比叡権現 日吉大社東本宮
日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。別名山王権現ともいう。

 

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。

祭神
2つの本宮と以下の5つの摂社から成り、日吉七社・山王七社と呼ばれる。
本宮
西本宮:大己貴神大国主神に同じ)
東本宮:大山咋神
5摂社
牛尾宮:大山咋神荒魂 - 大山咋神の荒魂
樹下宮:鴨玉依姫命
三宮宮:鴨玉依姫命荒魂 - 鴨玉依姫命の荒魂
宇佐宮:田心姫神
白山宮:菊理姫
主祭神
西本宮:大己貴神
東本宮:大山咋神
比叡山の麓に鎮座する日吉大社は、およそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社総本宮です。平安京遷都の際には、この地が都の表鬼門(北東)にあたることから、都の魔除・災難除を祈る社として、また伝教大師比叡山延暦寺を開かれてよりは天台宗護法神として多くの方から崇敬を受け、今日に至っています。
日吉大神のご神徳
方除け・厄除け・縁結び・家内安全・夫婦和合・商売繁盛等
また、多くのお社の中心となるのが東西本宮をはじめとする山王七社です。
由緒及び建物の特徴
日吉大社は、比叡山の東麓に所在し、境内の東側には大津市坂本の重要伝統的建造物群保存地区が広がります。
延喜式では日吉神社一座としるされ、比叡山及び境内の八王子山を神体山とする神社で、延暦寺が開かれてからは、その守護神として発展し、全国3800余の日吉・日枝・山王神社などの総本宮です。
東本宮本殿は、境内の東端、八王子山の麓に位置します。神社が織田信長の焼き討ちにあったため、文禄4年(1595)に再建されたことが、記録から明らかになっております。
建物は、織田信長に焼かれたものの、平安時代以来の様式を伝えているといわれる、特殊な日吉造で建てられており、国宝の西本宮本殿と重要文化財の摂社宇佐宮本殿も同じ形式で建てられています。
平面は、正面三間、側面二間の内陣の正・両側面に外陣を配置し、更にその外側の四周に高欄付きの縁を廻し、正面に木階を設け向拝としています。この身舎の正・両側面の三方に庇を設けた平面構成が、日吉造(ひえづくり)の特徴的な外観にもよく現れています。
正面は、入母屋造のようですが、背面は庇がないために、左右の庇の部分を縋破風でおさめていますので、屋根を垂直に切り落としたような独特な姿となっています。
また、建物の床が地面より高いため、床下に下殿(げでん)と呼ばれる、仏式で、神を拝んでいた特殊な部屋が設けられています。

 

➄三上大明神 滋賀御上神社
御上神社(みかみじんじゃ)は、滋賀県野洲市三上にある神社。式内社名神大社)、旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社
主祭神 天之御影命
神体 三上山(神体山)
社格
式内社名神大
官幣中社
別表神社
概要
琵琶湖南岸、「近江富士」の別名もある三上山(標高432メートル)の山麓に鎮座し、三上山を神体山として祀る神社である。三上山は藤原秀郷(俵藤太)のムカデ退治伝説でも知られる。
境内には国宝の本殿のほか、拝殿・楼門・摂社若宮神社(いずれも国の重要文化財)を始めとする社殿が残る。また、国の重要文化財指定の木造狛犬京都国立博物館寄託)を伝えるほか、秋季古例祭(ずいき祭り)は国の重要無形民俗文化財に指定されている。
祭神
祭神は次の1柱。
天之御影命(あめのみかげのみこと)
天津彦根命の子(天照大神の孫)。鍛冶の神である天目一箇神と同一神とされ、日本第二の忌火の神とされる。
ずいき祭り
10月14日に行われる秋季古例祭は、「ずいき祭り」と通称される。古くは「若宮殿相撲御神事」と呼ばれていたという。
秋の収穫感謝と子孫繁栄を祈念する祭りで、鎌倉時代以前に始まったとされる。ずいきで作った神輿(ずいき神輿)が5基奉納されるほか、芝原式として子供相撲が奉納される。中世の宮座の祭祀組織や神事を伝えていることから、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
御利益 刀剣、火の神様。勝運成就、開運招福、災難除け。武人パワー。

 


☆彡4月18日 今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『人を苦しめるのがいけない理由

他人に苦しみを与えることで、ストレス解消の快感を得ようとすることが君にもあるだろう。

 例えば「次はいつ会えるかな」と聞かれて、わざと「さあ、わからない」と答え、

相手が不安になり苦しむ表情を見て優越感という快感を錯覚する。

 あるいは、仕事相手から依頼メールを長い間にわたって無視し続けて相手を困らせ、「いい気味であることよ」という快感を錯覚する。

 このように他人を困らせ苦しめることで、快感を得ようとする習慣が身についてしまうと怒りのカルマが蓄えられて、ネガティブ思考の牢獄に閉じ込められてしまうことだろう。


法句経291


以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月17日は、龍樹菩薩、千手観音菩薩、大比叡権現、青龍権現、健部大明神の縁日&今日の一言 ブッダの言葉


毎月17日は➀龍樹菩薩➁千手観音菩薩大比叡権現➃青龍権現➄健部大明神の縁日です。

➀龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)
三十日秘仏の十七日仏。
南インドの出身で、150~250年頃に存在した人です。
バラモン教を勉強した後、仏教に転じて、初期の大乗仏教を確立した人です。
空の思想を確立したことで有名です。
日本では八宗の祖と仰がれました。
真言宗では、「付法の八祖」の第三祖とされ、龍猛(りゅうみょう)とも呼ばれる。しかし、龍樹が密教を説いたかどうかや、第五祖金剛智との時代の隔たりから、龍樹と龍猛の同一性を疑問視する意見もある。
浄土真宗では、七高僧の第一祖とされ龍樹菩薩、龍樹大士と尊称される。

 

千手観音菩薩
千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ サハスラブジャ・アーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラ)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
「サハスラブジャ」とは文字通り「千の手」の意味である。この名はヒンドゥー教ヴィシュヌ神シヴァ神、女神ドゥルガーといった神々の異名でもあり、インドでヒンドゥー教の影響を受けて成立した観音菩薩の変化身(へんげしん)と考えられている。六観音の一尊でもある。
三昧耶形は開蓮華(満開のハスの花。聖観音の初割蓮華と対をなす)、蓮華上宝珠。種子(種子字)はキリーク(hriiH)。
眷属として二十八部衆を従える。
千手観音菩薩はねずみ年(子年)の守護本尊
千本の手を持つ千手観音菩薩様。
正しくは「千手千眼観自在菩薩」といいます。
菩薩は如来を指して修行を続ける身ではありますが、人々を教えに導く存在でもあります。
観音菩薩は、慈悲深い菩薩であるため、人々のあらゆる願いをかなえようと自ら33通りもの姿に変化します。
千手観音菩薩は十一面観音が発展した姿で、千の手のひらには"眼"が刻まれています。
千の眼で人々の願いを見て、千本の手で願いを叶えようとする菩薩の意思がお姿に見て取れると言えます。
千手観音菩薩のご利益
日本で一般的な千手観音菩薩は、手が42本に簡略化された像。
このうち40本の手は大きな荷物を持っておられ、それぞれにご利益があります。
例えば、宝剣は悪い鬼をこらしめ、宝弓は出世の望みを叶え、宝印は巧みな話術を得ることができる、など。
何しろ40本全ての効力が異なるので、たいていの願い事は叶ってしまいそう。
大変お得な感じの高い観音様です。

 

大比叡権現(おおひえいごんげん) 日吉大社西本宮
日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。
日吉大社は全国日吉、日枝、山王神社総本宮。西本宮本殿、東本宮本殿は国宝に指定。
祭神は東本宮に大山咋神(おおやまくいのかみ)、西本宮に大己貴神(おおなむちのかみ)。全国日枝(日吉)(ひえ)神社の総本社。当社を中心に日吉神道(山王一実(いちじつ)神道)が発生。東・西本宮本殿は国宝。4月14日の山王祭は有名。ひえ大社。日吉山王。山王権現
祭神
2つの本宮と以下の5つの摂社から成り、日吉七社・山王七社と呼ばれる。
本宮
西本宮:大己貴神大国主神に同じ)
東本宮:大山咋神
5摂社
牛尾宮:大山咋神荒魂 - 大山咋神の荒魂
樹下宮:鴨玉依姫命
三宮宮:鴨玉依姫命荒魂 - 鴨玉依姫命の荒魂
宇佐宮:田心姫神
白山宮:菊理姫
日吉大社のご利益
【鬼門除け、災難除け、厄除け】
 794年に都が平安京に遷ると、日吉大社は都の表鬼門(東北)に当たることから、鬼門除けの祈願社となりました。以来、日吉大社は、鬼門除け、災難除け、厄除けの祈願社として人々の信仰を集めています。また境内には神猿舎があり、神猿は”真猿”とも呼ばれ、これは”魔去る””勝る”と通じ、万福招来繁昌を授けてくれる日吉大社のお使いして尊ばれています。


➃青龍権現(せいりゅうごんげん)
清瀧権現(せいりゅうごんげん または せいりょうごんげん)は、京都市伏見区所在の真言宗醍醐派総本山、醍醐寺の守護女神。清瀧大権現とも呼称され、清滝権現とも書く。本地仏准胝観音如意輪観音である。
清瀧権現を祭る主な社寺
清瀧権現は主に密教鎮守神として各地の寺院に祭られている。以下は代表的なものである。また清瀧権現は神社でも祭られていたが、明治の神仏分離令以降は祭神を「大綿津見神」に変更するなどしている例がある(浦安の清瀧神社など)。
青龍宮 - 京都市右京区梅ケ畑御経坂町に鎮座。一間社流造。現地の案内板によるともと高尾山神護寺の鎮守だったという。
上醍醐 - 清瀧宮拝殿と本殿。拝殿は国宝。
下醍醐 - 山上の上醍醐から参拝至便な山下に勧請されたもの。拝殿と本殿があり、本殿は重文。
川崎大師 - 醍醐寺から勧請されたという清瀧権現堂がある。
成田山新勝寺 - 鎮守社である清瀧権現堂(1732年建立)に地主妙見とともに祭られている。
高尾山薬王院 - 行場「蛇滝」に青龍堂があり「青龍大権現」が祭られる。
高野山 - 金剛峯寺壇上伽藍、阿字池そばに「清瀧大権現社」がある。

 

➄健部(たけべ)大明神(阿弥陀如来)大津建部大社 滋賀県大津市神領一丁目16-1
建部大社(たけべたいしゃ)は、滋賀県大津市にある神社。式内社名神大社)、近江国一宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。旧称は「建部神社」。
祭神
主祭神は次の通り。
本殿:日本武尊 (やまとたけるのみこと)
本殿相殿神:天照皇大神 (あまてらすすめおおかみ)
相殿神は、天照皇大神でなく天明玉命(あめのあかるたまのみこと)とする場合も見られる。
権殿:大己貴命 (おおなむちのみこと)
大神神社大和国一宮)からの勧請。
◆御利益
本殿真裏に「菊花石(きっかせき)」というのがある。病気平癒。長寿。
境内に湧き出る霊水には病気平癒のご利益があるとされる。

 


☆彡4月17日 今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『悪口がいけない理由』

人はその口によく切れる小野を持って生まれ、その斧により他人を傷つけるつもりで実は、知らぬうちに自分自身の心をグサッと傷つけている。

他人を非難する悪口の斧を君がブンッと振り下ろすたび、真っ先に君の心がこわばって、君の脳内に不快な神経刺激が生まれ、君の内臓に毒素が発生し、君の呼吸には毒ガスが混ざるのだから。

 

経集657

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 


以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月16日は、陀羅尼菩薩、閻魔王、歓喜天(聖天)、平野大明神、赤山大明神の縁日&今日の一言 ブッダの言葉

毎月16日は➀陀羅尼菩薩➁閻魔王歓喜天(聖天)➃平野大明神➄赤山大明神の縁日です。

➀陀羅尼菩薩 だらにぼさつ
三十日秘仏の十六日仏。
陀羅尼の言葉の力で仏法を保持して悪法を防ぎます。
陀羅尼はサンスクリット語の音写で、訳すと総持となるので、総持菩薩ともいいます。

➁閻魔(えんま)
この日は、寺院では、参詣者に閻魔堂を開帳し、地獄変相図や十王図等を拝観させるところが多い様です。
太宗寺平成26年閻魔大王縁日
1月16日は「初閻魔」と呼ばれます。
※エンマは梵語で、「手綱」、「抑制」、「禁止」などの意味があり、「閻魔大王」は人類最初の死者と言われ、冥界の王、特に地獄の王として畏怖されています。
インド神話では、元々天界で人間の善悪を監視する神であったのが、後に死後の世界の支配する神と考えられる様になりました。
地獄に住み、十八の将官と八万の獄卒を従え、閻魔の庁において死者の生前の行いを審判して賞罰を与えるといわれます。
旧暦1月16日と7月16日を「閻魔王の斎日」といい、この日は、地獄の獄卒も仕事を休み、地獄の釜の蓋もゆるむ日といわれ、亡者達も責苦を免れ骨休みになるとされます。
昔は、奉公人の「藪入り」でもある為、多くの人々が閻魔詣でに行きました。

 

★閻魔(えんま)とは
冥府(めいふ)の王,地獄の総帥。本来はインドの神格ヤマのことで,《リグ・ベーダ》においては祖霊の世界の王とされた。仏教に取り入れられてから夜魔,閻魔と音写され,餓鬼道または地獄の王と考えられた。


閻魔とは、死者の生前の罪に対して判決を下すという地獄の王です。


死者の生前の行いをさばき,罰をあたえる。インド神話の神ヤマが仏教にとりいれられ,中国で道教とむすびついて平安時代前期に日本につたわる。
仏教の伝来とともに日本に入り、恐ろしいものの代名詞として知られるようになりました。日本では、地蔵菩薩と習合することで、信仰の対象にもなりました。
閻魔の法廷には「浄玻璃の鏡」があり、死者が生前に行なった良い行動も悪い行動も、すべて映し出すとされています。法廷には地獄の書記官、司録と司命が左右にいて、閻魔の業務の補佐的な役割を行います。
「嘘をついたら、地獄で閻魔様に舌を抜かれるよ」というフレーズは、子供を叱る時に良く使われますが、実際、やっとこ形のくぎ抜きは「えんま」といいます。
また、閻魔はこんにゃくが好きだといわれていて、こんにゃくえんま像のある寺院があったり、こんにゃく炊きの行事を行う閻魔堂が各地にあります。
そんな閻魔には年に2回休日があります。1月16日と7月16日です。藪入りは初閻魔、閻魔賽日となって、閻魔の縁日とされています。地獄の釜の蓋にちなんで釜蓋朔日と言い、盆入りの日になっています。

歓喜天(かんぎてん、 歓喜自在天)は、仏教の守護神である天部の一つ。
また、聖天(しょうでん、しょうてん)、大聖歓喜天、大聖歓喜大自在天、大聖歓喜双身天王、象鼻天(ぞうびてん)、天尊(てんそん)。あるいはVināyaka、Gaṇapatiを音写して、毘那夜迦(びなやか)、誐那缽底(がなぱてい)ともいう。


頭人身の単身像と立像で抱擁している象頭人身の双身像の2つの姿の形像が多いが、稀に人頭人身の形像も見られる。


多くは厨子などに安置され、秘仏として扱われており一般に公開されることは少ない。
聖天様(正式名称は大聖歓喜天)は、このごろではガネーシャと言った方が通りがいい
歓喜天秘仏中の秘仏とされ、他の神仏では到底きいて貰えないような無茶な願い事もかなえてくれるという。


 だが、賞罰ともに凄まじく、ご利益が強力なぶん、祟りもきつく、約束を守らない者には、容赦ない罰を与えると言う。だから、この仏は生半可な気持ちでは奉らぬ方が良いという。


 しかし、この仏を奉ると、7代後の子孫の福徳をいっきに集め、大金持ちになることも夢ではない……。


 大聖歓喜天は、しばしば、そう言われている。歓喜天は男女和合を司る神であり、性的なパワーに関わる神である。


歓喜天は古代インドでは、もともとは障碍を司る神だったが、やがて障碍を除いて財福をもたらす神として広く信仰された。


ヒンドゥー教から仏教に取り入れられるに伴って、仏教に帰依して護法善神となったと解釈され、ヒマラヤ山脈カイラス山(鶏羅山)で9千8百の諸眷属を率いて三千世界と仏法僧の三宝を守護するとされる。悪神が十一面観世音菩薩によって善神に改宗し、仏教を守護し財運と福運をもたらす天部の神とされ、日本各地の寺院で祀られている。
四部毘那夜迦法によれば、観音菩薩が美女に化身して,暴神だった毘那夜迦を調伏に来た。毘那夜迦はこの美女を抱きたいと欲したが、美女は私の教えに従って仏教を守護するように求めた。毘那夜迦はこの美女の要求を承諾し、そして美女を抱いて交わると歓喜を得た。これにより、毘那夜迦は仏法に信奉し、併せて仏教の護法神となった。

名称
聖天の名称は、大日如来もしくは観自在菩薩の権化身であるために、歓喜天の本身(大日如来もしくは観自在菩薩)を表すために「聖」の字を用いて聖天としたという。
大聖歓喜天使咒法経(だいしょうかんぎてんししゅほうきょう)では、以下の現世利益が説かれる。
除病除厄(有衆生疾苦 顛枉及疥癩 疾毒衆不利 百種害加悩 誦我陀羅尼 無不解脱者)
富貴栄達(上品持我者 我与人中王 中品持我者 我与為帝師 下品持我者 富貴無窮已 恒欲相娯楽 無不充満足)
恋愛成就(若有求女人 夫心令得女 我悉令相愛)
夫婦円満(夫妻順和合)
除災加護(持我陀羅尼 我皆現其前 夫妻及眷属 常随得衛護 我有遊行時 誦我即時至 遇於険難処 大海及江河 深山険隘処 獅子象虎狼 毒虫諸神難 持我皆安穏)

◆日本三大聖天
日本三大聖天は、
東京都台東区本龍院(通称 待乳山聖天
奈良県生駒市宝山寺(通称 生駒聖天)
上記の二山の聖天に、
埼玉県熊谷市歓喜院(通称 妻沼聖天)
静岡県小山町足柄山聖天堂(通称 足柄聖天)
三重県桑名市の大福田寺(通称 桑名聖天)
兵庫県豊岡市の東楽寺(通称 豊岡聖天)
の内のどれか一山の聖天を加えたものとするのが一般的である。

歓喜天を祀る日本各地の主な寺院
三光寺(栃木県那須町)- 三大聖天の一つともされ、8月19日にお祭りがある
歓喜院_(埼玉県熊谷市) - 妻沼聖天
柳井堂心城院(東京都文京区) - 湯島聖天
醫光山安養寺(東京都新宿区) - 神楽坂聖天
雅山明王院燈明寺(東京都江戸川区) - 平井聖天
高幡山金剛寺(東京都日野市) - 平安時代木彫歓喜天像、奥殿安置。
双林院(京都府京都市山科区) - 山科聖天
雨宝院(京都府京都市上京区) - 西陣の聖天さん
香雪院(京都府京都市東山区) - 東山聖天
覚勝院(京都府京都市右京区) - 嵯峨聖天
嘉祥寺(京都府京都市伏見区) - 深草聖天
光明山聖法院(京都府木津川市) - 銭司(ぜず)聖天
観音寺(京都府乙訓郡) - 山崎聖天[32]
了徳院(大阪府大阪市福島区) - 福島聖天(浦江聖天)
正圓寺(大阪府大阪市阿倍野区) - 天下茶屋の聖天さん
西江寺大阪府箕面市) - みのおの聖天さん
安楽寺兵庫県西宮市) - 名塩の聖天さん
興隆寺兵庫県神戸市北区) - 大池聖天
弘聖寺(兵庫県神戸市長田区) - 長田聖天
如法寺(兵庫県明石市大久保町西島 森の聖天様 春に毎年聖天祭)
櫻本坊奈良県吉野郡吉野町吉野山) - 吉野聖天
周防国分寺山口県防府市
大聖院(広島県廿日市市
三明院(大分県中津市

➃平野大明神 平野神社
平野神社(ひらのじんじゃ)は、京都府京都市北区平野宮本町にある神社。式内社名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。神紋は「桜」


女の守り神・比売大神をお祀りすることから子宝や良縁のご利益に授かれる、花と女性の神社です。

概要
京都市北部、平安京大内裏(平安宮)から北方の平野の地に鎮座する神社である。平安京遷都頃まで創建が遡るとされる神社で、近年の研究によると、元々は桓武天皇生母の高野新笠の祖神(桓武天皇外戚神)として平城京に祀られた神祠であったが、それが平安京遷都に伴って大内裏近くに移し祀られたことに始まると推測されている。
古代には皇太子守護の性格を持ち、平安時代には例祭「平野祭」において皇太子自らにより奉幣が行われた。また、多くの臣籍降下氏族から氏神として歴史的に崇敬された神社としても知られる。

現在の本殿は4殿2棟からなり、いずれも「平野造」とも称される独特の形式の造りで、国の重要文化財に指定されている。そのほかに拝殿・中門・南門・摂社縣神社は、京都府から文化財指定・登録を受けている。境内は桜の名所として知られ、夜桜の様子は「平野の夜桜」と称されることで知られる。

祭神
現在の祭神は次の4柱。一番北の第一殿から順に1殿1柱ずつ祀られている。
第一殿:今木皇大神(いまきのすめおおかみ、今木神) - 主神。
第二殿:久度大神(くどのおおかみ、久度神)
第三殿:古開大神(ふるあきのおおかみ、古開神)
第四殿:比売大神(ひめのおおかみ、比売神/比咩神)

平野神社のご利益(ご加護・ご神徳)
出世開運、安産祈願、病気平癒、厄除、交通安全
日本一の餅鉄(べいてつ)、別名「すえひろがね」があり、パワースポットとして人気を集めている。
現在の祭神は次の4柱。一番北の第一殿から順に1殿1柱ずつ祀られている。
第一殿:今木皇大神(いまきのすめおおかみ、今木神) - 主神。
第二殿:久度大神(くどのおおかみ、久度神)
第三殿:古開大神(ふるあきのおおかみ、古開神)
第四殿:比売大神(ひめのおおかみ、比売神/比咩神)

西大路七福社ご利益めぐり 西大路七福社ご利益めぐりは、西大路通周辺にある7社を正月元旦から2月に巡拝し朱印を受ける。1983年に当初は5社巡りで始まり、翌1984年に7社になった。
 安産祈願のわら天神宮、開運の平野神社、延命長寿の熊野神社衣笠分社、建築方除の大将軍八神社、厄除の春日神社、開運の若一神社、知恵・学問の吉祥院天満宮がある。

 

➄赤山(せきざん)大明神(地蔵)京都赤山禅院
赤山禅院(せきざんぜんいん)は、京都市左京区修学院にある天台宗の寺院。延暦寺の別院(塔頭)の一つ。本尊は泰山府君赤山大明神)。京都御所から見て表鬼門の方角(東北)に当たるため、方除けの神として、古来信仰を集めた。拝殿の屋根の上には、御所の東北角・猿ヶ辻の猿と対応して、御幣と鈴を持った猿が安置されている。

歴史
開創は、仁和4年(888年)。「赤山」の名は、入唐僧円仁に由来する。円仁は、登州で滞在した赤山法華院に因んだ禅院の建立を発願したが、果たせないままに没した。その遺言により安慧が、赤山大明神泰山府君)を勧請して建立したのが、赤山禅院である。

比叡山延暦寺千日回峰行においては、そのうち100日の間、比叡山から雲母坂を登降する「赤山苦行」と称する荒行がある。これは、赤山大明神に対して花を供するために、毎日、比叡山中の行者道に倍する山道を高下するものである。
現在では、境内の福禄寿殿が、「都七福神」の一つとされている。また、紅葉の名所でもある。

宗旨 天台宗
本尊 泰山府君赤山大明神
札所等 都七福神(福禄寿) 神仏霊場巡拝の道107番(京都27番)
赤山禅院は地元の人から方位除け、厄除けの禅院として信仰されています。そして喘息や気管支炎が良くなる禅院としても知られています。気管支が弱い、喘息持ちだという人は赤山禅院で参拝してみると良いかもしれません。
他にも心願成就・縁結び・無病息災・商売繁栄という多方面からたくさんのご利益を授かることができます。

赤山禅院でたっぷりとパワーを授かれる方法とは?
数珠の門で願い事を叶える
赤山禅院には2カ所大きな数珠の門があります。ただ不思議な門だなと思って通り過ぎてしまう人が多いこの門は願いごとが叶うパワースポットです。
正念珠と還念珠と呼ばれる大きな数珠がインパクトのある「赤山禅院」は、古くは紅葉寺とも呼ばれた洛北の名刹です。

こちらは平安京の東北部、御所の表鬼門に当たる場所にあるため方除けの信仰も伝わり、陰陽道の祖・赤山大明神をご本尊としています。自然いっぱいの境内には多くのお堂が点在し、拝殿屋根の猿神や点在する狛犬などもどこか愛らしくて見逃せません!
最初にくぐるのが正念誦(しょうねんじゅ)と呼ばれる数珠の門です。くぐるときに心にパッと浮かんだ願いごとをとなえます。願いごとを考えながら境内をまわりましょう。
最後にもう一つの数珠の門、還念珠(じゅねんじゅ)を通るときに願い事を叶えるための努力することを誓ってください。すると願いを叶えるために仏様が力を貸してくれます。

不動堂の前にある還念珠が赤山禅院参拝のゴール地点です。
本殿入り口にあった正念珠をくぐる際に願った事を参拝の間も思い、最後にこの還念珠をくぐる時、その願いに向けた努力を誓い、加護を願うようにしてください。
また、赤山禅院では毎年紅葉まっさかりともなる11月23日に古くなった数珠を感謝を込め炎によってお浄めをする数珠供養が行われています。

本殿の右奥に位置する福禄寿殿。こちらでは京都に点在する都七福神のうちの福禄寿神をまつっています。

その他の都七福神
恵比寿天 ゑびす神社(東山区
大黒天 松ヶ崎大黒天(左京区
毘沙門天 東寺(南区)
弁財天 六波羅蜜寺東山区
寿老神 革堂(中京区)
布袋尊 万福寺(宇治市

◆夢見の宝船をGETしよう
京都のパワースポットの赤山禅院に訪れた際には、七福神が描かれた夢見の宝船を手に入れましょう。

夢見の宝船の絵を枕の下に敷いて「おん。だきしゃたら。にりそだにえい。そわか。」というご真言を7回唱えて眠ると、吉夢を見ることができ七福神の福徳を授かることができそうです。

祈念した夢見の宝船は、赤山禅院でお焚き上げをしてもらいましょう。直接足を運べない人は郵送することもできます。

◆恋人との絆を深めよう
恋人ともっと良い関係になりたいと思っている人は、恋人を誘って赤山禅院にある相生社(あいおいのやしろ)に行きましょう。まずはおしどり絵馬という絵馬の裏に二人の名前を書きましょう。

そして相生社に奉納をしに行きます。相生社の前には夫婦鳥居と呼ばれる縦に二つ並んだ鳥居があります。手を繋いで夫婦鳥居をくぐると二人は結ばれると言われています。
二人の縁をもっと強く結ぶために恋人との素敵な未来を想像して、仲良く手を繋ぎ、夫婦鳥居をくぐってみてくださいね。


☆彡4月16日 今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『君も相手も、やがては死んでここから消える』

誰かと敵対して争いが生じそうになったら、しかと意識してみるといい。

君も相手もやがて死んで、ここが消え去る、ということを。

君以外の人々は、「自分もやがて死ぬ」という真理をうっかり忘却しているけれども、

君がこの心理をはっきり意識していれば、怒りも争いも静まることだろう。

「どのみち、君もやがてここからいなくなる。どのみち、私もやがてここからいなくなる。じゃあ、ま・・・、いっか」と怒りを捨てて、平静さを取り戻すように。


法句経6

 

 

超訳 ブッダの言葉

超訳 ブッダの言葉

 

 以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月15日は、阿弥陀如来、妙見、水天、春日大明神、祇園大明神の縁日&今日の一言 ブッダの言葉 

 毎月15日は➀阿弥陀如来、➁妙見、➂水天、➃春日大明神、➄祇園大明神の縁日です。

阿弥陀如来 あみだにょらい
十三仏の三回忌導師。三十日秘仏の十五日仏。
三尊形式のときは観音様と勢至菩薩を従えます。密教系では左右が逆となります。
阿弥陀様は手の形(印相)にいろいろなバリエーションがあります。図は上品上生印じょうぼんじょうしょういんです。
阿弥陀サンスクリット語の原名には
 無量寿=無限の寿命をもつ。
 無量光=無限の光明をもつ。の二つがあります。
これから無量寿如来、不可思議光如来、尽十方無碍光仏じんじっぽうむげこうぶつとも呼びます。
●五大如来金剛界五仏
中央大日如来/東阿閃如来/南宝生如来/西阿弥陀如来/北不空成就仏
胎蔵界五仏
中央大日如来東宝如来/南開敷華王如来/西無量寿如来/北天鼓雷音如来

➁『妙見の縁日』 : 
妙見(みょうけん・妙見菩薩の略)の縁日です。
※「妙見菩薩」とは、北斗七星を神格化した菩薩。
尊星(そんしょう)王、妙見尊星王、北辰(ほくしん)菩薩ともいわれます。
国土を守り、災難を除去し、敵を退け、または人の寿命を延ばす福徳ある尊像です。
古来、人間の一生は天文と関係していると考えられ、北半球では北斗七星がその中心とみなされていました。
これは、北斗七星が人の善悪の行為をみて、禍福を分け、死生を決めるものという、道教の思想から出たものと混交したものです。
密教系や日蓮宗系で祀(まつ)る事が多く、特に眼病平癒の為に修する法を妙見法といいます。
形像は二臂(ひ)像、四臂像、竜に乗るもの、手のひらの上や蓮(はす)の上に北斗七星を置くもの等がありますが、一面四臂で二手に日と月とを捧(ささ)げ、二手に筆と紀籍(鬼籍)を持ち、青竜の上に乗るのが代表的です。
妙見菩薩を祭っている神社としては、千葉市の「千葉神社」、岩手県奥州市の「日高神社」、岩手県九戸郡の「九戸神社」大阪府の「星田妙見宮」が有名です。

➂『水天の縁日』 : 
毎月の5日だけの所もあります。
水天は十二天・八方天の一つで、水を司り、旱天・洪水の難を守るという竜神で、降雨を祈る「水天法」の本尊です。
※「水天」は、水に縁のある神様で「海運業・漁業・水商売」等を加護し、また「安産の守り神」ともされています。
総本社は福岡県久留米市の「水天宮」で、平家の一族と共に壇ノ浦に入水した「安徳天皇」と「建礼門院」が祀られています。
また、東京日本橋の「水天宮」は、水難除け・安産・水商売の守り神として有名です。
安産の神ということから戌の日にも参拝者が多く、特に戌年戌月戌日と縁日が重なると「大戌」といって珍重されます。
一方、密教では、西方を守護する神です。

 

➃彡春日大明神 春日大社
春日大社(かすがたいしゃ)は、中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために768年に創設された奈良県奈良市にある神社。旧称は春日神社。式内社名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。神紋は「下がり藤」。
全国に約1000社ある春日神社の総本社である。武甕槌命が白鹿に乗ってきたとされることから、鹿を神使とする。ユネスコ世界遺産に「古都奈良の文化財」の1つとして登録されている。
祭神
主祭神は以下の4柱。総称して春日神と呼ばれ、藤原氏氏神である。
武甕槌命 - 藤原氏守護神(常陸国鹿島の神)
経津主命 - 同上(下総国香取の神)
天児屋根命 - 藤原氏の祖神(河内国平岡の神)
比売神 - 天児屋根命の妻(同上)
春日権現(かすがごんげん)は神仏習合の神であり、不空羂索観音薬師如来地蔵菩薩・十一面観音を本地仏とする。春日大明神とも呼ばれた。神仏分離廃仏毀釈が行われる以前は、春日社(現在の春日大社)などで祀られた。
概要
春日社は四柱の神(タケミカヅチ経津主神天児屋命比売神)を祀っており、なかでも天児屋命藤原氏(正確には中臣氏)の祖神であった。神仏習合が進展するとともに、長岡京とそれに続く平安京への遷都によって藤原氏の政治的影響力の中心舞台が奈良から京都へと移ると、藤原氏の氏寺であった興福寺が春日社の神宮寺(別当)として強い影響力を発揮し、春日社を事実上の支配下に置いて寺領とした。
1018年(寛仁2年)からは春日社では興福寺の社僧が法華八講の法会を始めるなど仏教色が強くなり、仏法守護国家鎮護の為に、鹿島大明神タケミカヅチ)と香取大明神経津主神)が御蓋山三笠山)に遷座したとされた。それに伴って本地垂迹に基づいて、祭神は権現としても信仰されるようになった。
神仏習合と分離
明治維新による神仏分離廃仏毀釈によって、春日権現は廃された。経済状況の悪化から、興福寺の僧侶の多くは還俗して春日社の神職に移るとともに、興福寺の寺領は明治政府によって没収され、春日社は興福寺から分離して春日神社(現在の春日大社)となった。
◆ご利益
商売繁盛 南市恵毘須神社春日大社末社
芸能上達 若宮神社春日大社摂社)
樹木を守ってくださる神様 紀伊神社(春日大社摂社)
商売繁盛 佐良気神社(春日大社末社
健康成育 三輪神社(春日大社末社
家内安全・夫婦円満 夫婦大国社(春日大社末社
火の神様 野上神社(春日大社末社
雨乞い 高山神社
雨乞い 鳴神神社
雨乞い 神野神社
雨乞い 上水谷神社
芸能上達 拍子神社
婦人病 白乳神社
婦人病 赤乳神社
悪事災難除(悪因縁消滅)水谷神社
火の神様 石荒神
開運 金龍神
交通安全 船戸神社
子授け 風宮神社


祇園大明神(牛頭天王ゴズテンノウ)京都八坂神社
八坂神社(やさかじんじゃ)は、京都府京都市東山区祇園町北側にある神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社である。通称として祇園さんとも呼ばれる。7月の祇園祭祇園会)で知られる。
祭神
現在の祭神は以下の通り。
主祭神
中御座:素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
東御座:櫛稲田姫命 (くし(い)なだひめのみこと) - 素戔嗚尊の妻
西御座:八柱御子神 (やはしらのみこがみ) - 素戔嗚尊の8人の子供(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神須勢理毘売命)の総称
配神
(東御座に同座) 神大市比売命、佐美良比売命 - いずれも素戔嗚尊の妻
(西御座に御座) 稲田宮主須賀之八耳神
明治時代の神仏判然令以前は、主祭神は以下の3柱であった。
中の座:牛頭天王 (ごずてんのう)
東の座:八王子 (はちおうじ)
西の座:頗梨采女 (はりさいにょ・ばりうねめ)
牛頭天王は起源不詳の習合神祇園精舎を守護するとされ、日本では素戔嗚尊と同神とされていた。頗梨采女牛頭天王の后神であることから素戔嗚の后である櫛稲田姫命と同一視された。
櫛稲田姫命は方角の吉方(恵方)を司る歳徳神(としとくしん)と同一と見なされていた事もあり暦神としても信仰された。八王子は牛頭天王の8人の王子であり、暦神の八将神に比定された。
また、東御座には社伝に明確な記述が無い蛇毒気神(だどくけのかみ)が祭られている。この神は沙渇羅(さから)龍王の娘で今御前(第二婦人のこと)と呼ばれる。または、ヤマタノオロチが変化したものとも考えられている。
八坂神社のご利益は?
八坂神社の境内には様々な御利益がある神様が祀られています。
本殿では受付を済ませた方から御祈祷を受けることができるようになっており、開運成就、家内安全、良縁成就、試験合格、商売繁盛など色々な御祈祷を受けることができます。
「八坂神社」は京都で最大の恋愛パワースポットといわれています。
そもそも祭神としているのが、素戔嗚尊スサノオノミコト)と櫛稲田姫命クシナダヒメノミコト)の夫婦、そしてその子である、八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)となっています。
一説によれば、スサノオノミコトヤマタノオロチと対峙した時にクシナダヒメノミコトが櫛になってスサノオノミコトに力を与えたことによりヤマタノオロチを成敗できたと言われています。
夫婦仲の良い神様にあやかろうというところから、夫婦やカップルに人気のスポットとなっています。
八坂神社に参拝すると、「縁結び」のご利益があると言われています。その他厄除け・疫病退散にご利益があるパワースポットと言われています。
本殿向かって右側にある悪王子神社は、心願成就のパワースポット。
本殿の裏側にある刃物神社は、開運のパワースポット。刃物という物騒な名前の神社ですが、京都が刃物の名工を輩出していることが由来となっています。困難を切り開く、または運を切り開くということで、開運のご利益があるようです。


 

 

☆彡4月15日 今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 『攻撃には「肩透かし」をもって返す』

 

他人から攻撃された時、

 

君も又攻撃をもって返すなら、

 

君の中の恨みも相手の中の恨みも鎮まることなく、

 

増幅しあい、無限に連鎖していくことになる。

 

攻撃を受けても

 

「まあ、いっか。恨まないよ」

 

という肩透かしを投げ返すなら、

 

互いの恨みは静まり返る。

 

これは永遠の普遍的真理。


法句経5

 

 

以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月14日は、普賢菩薩、大原大明神、住吉大明神の縁日&ブッダの言葉 

毎月14日は➀普賢菩薩、➁大原大明神、➂住吉大明神の縁日です。

 

普賢菩薩 ふげんぼさつ
十三仏の四七日導師。三十日秘仏の十四日仏。
普賢菩薩(ふげんぼさつ)は、大乗仏教における崇拝の対象である菩薩の一尊。文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多い。法要では四七日の仏とされる。
三昧耶形は剣、五鈷杵。
梵名のサマンタ・バドラとは「普く賢い者」の意味であり、彼が世界にあまねく現れ仏の慈悲と理知を顕して人々を救う賢者である事を意味する。また、女人成仏を説く法華経に登場することから、特に女性の信仰を集めた。
密教では菩提心(真理を究めて悟りを求めようという心)の象徴とされ、同じ性格を持つ金剛薩埵と同一視される。そのため普賢菩薩はしばしば金剛薩埵の別名でもある金剛手菩薩(こんごうしゅぼさつ)とも呼ばれる。「遍吉(へんきち)」という異名があり、滅罪の利益がある。
◆像容・作例
独尊としては、蓮華座を乗せた六牙の白象に結跏趺坐して合掌する姿で描かれるのが、最も一般的である。密教では、左手に宝剣を立てた蓮茎を持る姿や、金剛薩埵と全く同じ左手に五鈷鈴、右手に五鈷杵を執る姿で表される他、如意や蓮華、経典を手に持つ作例も見られる。
日本では平安中期以降、女性の救済を説く法華経の普及によって、主に貴婦人たちからの信仰を集めた。日本では絵画・彫像とも作例が多く、彫像の作例としては、大倉集古館の平安時代後期の木像(国宝)などがある。より密教的な姿として「普賢延命菩薩」という尊格があり、22手を持つ強力な尊とされ、日本でも作例は少なくない。
絵画作品としては東京国立博物館普賢菩薩騎象像(国宝、平安時代後期)が代表的な作例である。他に鳥取県豊乗寺(ぶじょうじ)本(国宝)、奈良国立博物館本(重要文化財)などが代表作として知られる。
文殊菩薩と同様、お釈迦様とで釈迦三尊を組みます。
冠に五仏が付いているのが特徴です。また白象に乗っているのも特徴のひとつですが、この仏様にはかなりのバリエーションがあります。胸の前で合掌しているタイプもあります。
智慧の文殊に対し慈悲の普賢といわれます。遍吉菩薩と訳される場合もあります。
眷属
普賢菩薩の眷属は十羅刹女とされ、また時として十羅刹女たちの母鬼子母神も眷属とされる。初期の十羅刹女は唐装束であるが、国風の影響を受けた和装の羅刹女の作例も多い。これは、法華経において普賢菩薩十羅刹女が共に「法華経を護持する者を守る」と誓っていることによるが、これらの女神がそばにいることも、 女性からの信仰を厚くする一因となった。
■ 普賢延命菩薩 ふげんえんめいぼさつ
密教普賢菩薩を本尊として、長寿や延命を願って行う延命法では、普賢延命菩薩と呼びます。
姿は二臂と二十臂があります。二臂の場合は金剛薩捶こんごうさったと同体異名とされます。
※仏様の手を数えるときは臂(ひ)といいます。例えば顔が3つで手が6本のときは三面六臂といいます。



➁大原大明神 おおはらだいみょうじん 大原野神社
大原野神社(おおはらのじんじゃ)は、京都府京都市西京区大原野にある神社。二十二社(中七社)の一社。旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社
奈良の春日社(現在の春日大社)から勧請を受けたもので、「京春日(きょうかすが)」の別称がある。
祭神
祭神は次の4柱(「春日神」と総称)で、春日大社と同じ。()内は春日大社での表記。
武御賀豆智命(武甕槌命
伊波比主命(経津主命
天之子八根命(天児屋根命
比咩大神(比売神
御利益 方除け、良縁、家内安全、交通安全、必勝、夫婦円満、試験合格。
大原や小塩の山のほととぎす  われに神代のことかたらなん 左大臣
大原や小塩の山の小松原  はや木高かれ千代の蔭見ん 紀貫之
大原やせがいの水の手にむすび  鳥は鳴くとも遊びてゆかん 大伴家持
夜を寒みせがいの水は氷るとも  庭燎は春のこころこそすれ 大江匡房
大原や小塩の山も今日こそは  神代の事もおもひ出らめ 在原業平


➂住吉大明神(聖観音)大阪住吉大社 (資金調達、借り入れ運あり)
住吉大社(すみよしたいしゃ)は、大阪府大阪市住吉区住吉にある神社。
式内社名神大社)、摂津国一宮、二十二社(中七社)の1つ。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国にある住吉神社の総本社である。本殿4棟は国宝に指定されている。
祭神
現在の祭神は次の4柱で、4本宮に1柱ずつを祀る。
第一本宮:底筒男命(そこつつのおのみこと)
第二本宮:中筒男命(なかつつのおのみこと)
第三本宮:表筒男命(うわつつのおのみこと)
第四本宮:神功皇后(じんぐうこうごう) - 名は「息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)」。第14代仲哀天皇皇后。
特に底筒男命中筒男命表筒男命の3柱は「住吉大神(すみよしのおおかみ)」と総称され、「住江大神(すみのえのおおかみ)」・「墨江三前の大神(すみのえのみまえのおおかみ)」とも別称される。延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳[原 2]での祭神の記載は4座[1]。『住吉大社神代記』(平安時代前期頃か)でも祭神を4座とするが、第一宮を表筒男、第二宮を中筒男、第三宮を底筒男、第四宮を姫神宮(気息帯長足姫皇后宮)としており現在とは順序が異同する


住吉大社にあるパワースポット、五大力さんとおもかる石。
住吉大社の第一本宮のすぐ南に、「五所御前」という場所があります。
ここはなんと、御祭神の住吉大神が降臨した地とされているんです!まさに聖地です。
それが、神仏習合の影響で、神宮寺の五大力尊信仰と結びつきました。
その「五大力さん」というのは、仏教の中の、五人の明王のことです。
不動ふどう明王(中心)
大威徳だいいとく明王(西)
軍荼利ぐんだり明王(南)
降三世ごうざんぜ明王(東)
金剛夜叉こんごうやしゃ明王(北)
と、不動明王を中心に、守る方角も決まっています。
なので、体力、智力、財力、福力、寿(命)力と、五つの力が授かるとされています。
そして、お守りにすれば心願成就のご神徳があるそうです。
おもかる石は、住吉大社から150mほど外にでた所にある末社、「おいとしぼし社」にある霊石です。
京都の伏見稲荷大社にもあります。
この石を最初に持って重さを覚え、石に触れながら願い事を念じ、もう一度持ち上げてみます。
その時、最初に持ち上げた時より軽く感じれば、願いが叶うのだそうです。
女性守護・作法・芸事の神様の浅沢社、商業成就・収益集金の大歳社が並んでいて、おいとしぼし社は大歳社の境内の中にあります。
浅沢社、大歳社は、住吉大社の境内にある末社、種貸社と楠珺社と合わせて初辰まいりが行われる社です。
商売繁盛・家内安全の「はったつさん」と呼ばれていて、毎月最初の辰の日に行われて、朝から賑わいます。
その日にお参りすれば、より商売繁盛!ということです。
全部で3つあって、そのうちの一つを選ぶことになっています。
独特の占い方もあって
二礼二拍手一拝
霊石を持ち上げ重さを覚える
霊石に両手を当て、祈る
再び持ち上げる
二拍手一拝して退出となっています。
そして、再び持ち上げた時に
「軽い」・・・叶う
「重い」・・・まだまだ努力
ということになるそうです。

 

 

☆彡4月14日 今日の一言 ブッダの言葉 

怒らない

 ☆彡怒りという手料理は食べずに帰る。

君が友人知人をディナーに招待して、手によりをかけた料理でもてなそうとしたと想像してみよう。

けれどもあいにく、彼には用事があり、すぐにそそくさと帰ってしまった。

 すると君のお家のテーブルには、手付かずのまま皿に盛られた料理がどっさり残り、誰もいなくなった後で、君はたった独りで寂しくそれらを食べる羽目になるだろう。

 

ちょうどその様に、誰かが君に怒りをぶつけて攻撃してきたとするなら、

それは相手が君を、怒りという毒を盛った料理のディナーに招待しているようなもの。

 もしも君が冷静さを保ち、怒らずに済むなら、怒りという名の手料理を受け取らずに帰れるだろう。

 すると怒っている人の心には、君に受け取ってもらえなかった毒料理が手付かずのまま、どっさり残る。

 その人はたった独りで、毒料理を食べて、自滅してくれるだろう。

 

相応部経典


以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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毎月13日は、虚空蔵(4月13日十三参り)、日蓮聖人、松尾大明神、稲荷大明神の縁日&ブッダの言葉 

毎月13日は➀虚空蔵、➁日蓮聖人、➂松尾大明神、➃稲荷大明神の縁日です。

➀『虚空蔵の縁日』 :
「虚空蔵(こくぞう)菩薩」の縁日です。

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)は十三仏の33回忌導師。三十日秘仏の十三日仏。
虚空蔵菩薩はバリエーションが多い仏さまです。冠に五仏をつけ右手に剣を持っているあたりが特徴です。左手には宝珠または宝珠を乗せた蓮華を持っています。
虚空蔵は、智慧と財宝が収まっている蔵を意味します。智恵と福徳の仏様です。
京都嵐山嵯峨野の「法輪寺」、福島県柳津の「円蔵寺」、茨城県東海村の「日光寺」が日本の三虚空蔵とされています。


地蔵菩薩像の「地」に対して虚空蔵菩薩像は「天」を象徴する仏で、天台宗と密接な関係があり、また、「星」を象徴する神であるとも言われます。
虚空蔵菩薩真言を100万回唱える「求聞持法」は記憶力を飛躍的に増大させる秘法とされています。
虚空蔵菩薩の名は、知恵・福徳・音声を授けること広大無辺であり、あたかも虚空(大空・空間のこと)がすべての物を包蔵する様である事に由来します。

◎1月13日は「初虚空蔵」です。
特に◎4月13日の、「法輪寺」の「十三参り」が有名で、十三歳の少年少女が盛装して参拝し、十三品の菓子を買って虚空蔵に供え、その後に家に持ち帰り、家中の者に食べさせる風習が残っています。

 


十三詣り

 

十三詣りあるいは十三参り(じゅうさんまいり)

十三詣りは旧暦の3月13日前後 (新暦の3月13日から5月13日)に、男女とも数え年13歳でおこなう祝いである。子供の多福・開運を祈り、小学校を卒業して中学校に入学する春に寺社に詣でる形式が一般的。

特に京都嵯峨の虚空蔵法輪寺における虚空蔵菩薩への「十三参り」は有名である。虚空蔵菩薩は十三番目に誕生した智恵と福徳を司る菩薩とされる。これに因み別名、知恵詣りまたは智恵もらいとも云う。

 

日蓮=日蓮聖人 
鎌倉時代の僧で日蓮宗(法華宗)の宗祖が日蓮聖人です。
日蓮(にちれん、貞応元年(1222年)2月16日 安房 - 弘安5年(1282年)10月13日武蔵)は、鎌倉時代の仏教の僧。鎌倉仏教のひとつである日蓮宗法華宗の宗祖。滅後に皇室から日蓮大菩薩後光厳天皇、1358年)と立正大師大正天皇、1922年)の諡号を追贈された。
12歳のとき,安房名刹・清澄山の道善房の弟子となり,16歳で出家,是聖房蓮長と名乗る。のち鎌倉,京都,高野山,四天王寺,興福寺,延暦寺に遊学,ついに釈尊の出世の本懐は一切経のなかでただただ法華経にある,だから諸経を捨てて専持法華経,その法華経の眼目である題目を専唱すると,善悪人・男女・老若・俗世の貴賤や貧富の差別なく,すべての人は成仏できるとの確信に到達した。
鎌倉新興仏教第1段階の栄西法然,第2段階の道元親鸞に続き,第3段階に一遍と同時期に活躍した。
日蓮は16歳で出家,伝統的仏教の教理に疑問をいだき,鎌倉,京畿,比叡山などで諸教学を学んだ。その後,故郷に帰って『法華経』を通じ真の仏教を知りうるという確信に基づいて,南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と初めて唱え、『法華経』の伝道を宣言し、日蓮と称した。
浄土教,禅などの教理を激しく批判したため,種々の迫害を受けた。
また,『立正安国論』を書き北条時頼に送ったが無視された。のち鎌倉で人々に迫害され,捕われて伊豆の伊東に流され、やがて許された。
その後,いわゆる小松原の法難 ,竜口の法難 などにあい,佐渡に流され,文永 11 年に許されて鎌倉に帰った。やがて身延山に隠棲したが,絶えず布教に努めた。弟子には六老僧など重要な人物が多い。主著はほかに『守護国家論』『観心本尊鈔』『撰時鈔』『開目鈔』。
われ日本の柱とならん,われ日本の眼目とならん。われ日本の大船とならん(「開目鈔」)

➂松尾大明神 松尾大社
松尾大社(まつのおたいしゃ/まつおたいしゃ)は、京都府京都市西京区嵐山宮町にある神社。式内社名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
概要
京都市西部、四条通西端に位置し、東端の八坂神社(祇園社)と対峙して鎮座する。元来は松尾山(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、大宝元年(701年)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれる。
その後も秦氏(はたうじ)により氏神として奉斎され、平安京遷都後は東の賀茂神社賀茂別雷神社賀茂御祖神社)とともに「東の厳神、西の猛霊」と並び称され、西の王城鎮護社に位置づけられた。中世以降は酒の神としても信仰され、現在においても醸造家からの信仰の篤い神社である。
境内は、神体の松尾山の麓に位置する。本殿は室町時代の造営で、全国でも類例の少ない両流造であり国の重要文化財に指定されている。また多くの神像を有することでも知られ、男神像2躯・女神像1躯の計3躯が国の重要文化財に、ほか16躯が京都府指定有形文化財に指定されている。そのほか、神使を亀とすることでも知られる。
社名
社名は、古くは『延喜式神名帳に見えるように「松尾神社」と称された。天平2年(720年)「大社」号を許されたが、明治維新の後、旧の「松尾神社」に復した。戦後の昭和25年(1950年)8月30日ふたたび「松尾大社」として現在に至る。
「松尾」の読みは、公式には「まつのお」であるが、一般には「まつお」とも称されている。文献では『延喜式金剛寺本、『枕草子』、『太平記建武2年(1335年)正月16日合戦事条、『御湯殿上日記』明応8年(1499年)条等においていずれも「まつのお/まつのを」と訓が振られており、「の」を入れるのが古くからの読みとされる。
祭神
主祭神は次の2柱。
大山咋神(おおやまぐいのかみ)
中津島姫命(なかつしまひめのみこと) - 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の別名とする。
延喜式神名帳において「松尾神社二座」と見えるように、松尾大社の祭神は古くから2柱とされた。

稲荷大明神 京都伏見稲荷
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は、京都市伏見区深草にある神社。旧称は稲荷神社。式内社名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。本殿右には稲荷神明水がある。
全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社である。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)。現存する旧社家は大西家。
祭神
祭神は以下の五柱。これらの神々は稲荷大神の広大な神徳の神名化とされている。
主祭神である宇迦之御魂大神を中央の下社、佐田彦大神を中社、大宮能売大神を上社に据え、明応8年(1499年)に本殿に合祀された左右の摂社、田中大神・四大神とともに、五柱の神を一宇相殿(一つの社殿に合祀する形)に祀っている。
宇迦之御魂大神 (うかのみたまのおおかみ) - 下社(中央座)
佐田彦大神 (さたひこのおおかみ)- 中社(北座)
大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ) - 上社(南座
田中大神(たなかのおおかみ) - 下社摂社(最北座)
・四大神 (しのおおかみ) - 中社摂社(最南座
稲荷神は元来、五穀豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神としても信仰されるようになった。
商売繁盛の神様で有名なお稲荷さんですが、元々は五穀豊穣(米など)の神様であり、その五穀を食べるすずめを退治するために、すずめの焼き鳥が出来ました。
お稲荷さんには沢山の朱色の鳥居とお使いのきつねの石像があります。 昔から米などを食い荒らす野ネズミをとったキツネを五穀豊穣の神様の使いと親しまれてきました。 きつね煎餅は参拝客にとって直会や参拝の記念品として、また御利益の御裾分けとしてお土産として喜ばれています。
◆日本3大稲荷
大日本史』等の歴史書や稲荷信仰事典では、総本社の伏見稲荷大社のほか祐徳稲荷神社豊川稲荷を日本三大稲荷としている。その他の文献には笠間稲荷、竹駒神社最上稲荷などが候補に上がる。
◆主な稲荷
伏見稲荷大社  京都市伏見区
豊川稲荷    愛知県豊川市
祐徳稲荷    佐賀県鹿島市
笠間稲荷    茨城県笠間市
最上稲荷    岡山県岡山市
竹駒神社    宮城県岩沼市
千代保稲荷   岐阜県海津市
瓢箪山稲荷   大阪府東大阪市
草戸稲荷    広島県福山市

 

☆彡3月13日 今日の一言 ブッダの言葉 

 

☆彡怒らない

 

 ◆怒りの反復・リピートから抜け出す。


「あの人は私を批判した」

「あの人は私の心を踏みにじった」

「あの人は私をコテンパンに負かした」

「あの人は私のアイディアを盗んだ」

こんな風に怒りを爆発させるのをやめ、感情の反復・リピートから抜け出すなら

その恨みは静かに凪ぎ、君の心はようやく収まる。


法句経4

 

以上は 小池龍之介著 ブッダの言葉 より一部抜粋

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